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一澤信三郎帆布 「時代遅れ」貫き、ファンが急増

2/1(木) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 「ロングセラーはデザインの良さだけでなく、作り手側の商品に対する愛、ストーリーこそが大切」と語るのはロングライフデザイン活動家のナガオカケンメイ氏。第1回のカルピス、第2回のスーパーカブに続き一澤信三郎帆布を取り上げる。

一澤信三郎帆布 一澤信三郎帆布の前身「一澤帆布」は、1905年に京都で創業。初代の一澤喜兵衛さんが西洋洗濯と呼ばれていたクリーニング店を営みながら、手に入れたミシンで道具入れを作るようになったのが始まりだ。現在の代表は、4代目の信三郎さん。3代目の信夫さんとともに一澤帆布を成長させていった。だが、信夫さんが死去した後、一澤帆布の代表権をめぐる騒動に巻き込まれてしまう。代表権を失った信三郎さんは職人全員とともに「一澤信三郎帆布」を立ち上げ再始動。その後、再び起こした裁判で主張が認められたため、一澤帆布は信三郎さんの元に戻った。現在の一澤信三郎帆布は「信三郎鞄(正式には「革」偏ではなく「布」偏)」「信三郎帆布」「一澤帆布製」の3ブランドで展開。ネームタグも3種類ある。

■ナガオカケンメイの目

 一澤信三郎さんがどっしり見えるのは「真っ当」の貫き方だと思いました。人間が人間のために作る道具としての帆布バッグ。だからパソコンは使わない。規則正しい勤務の職人だからいつでも修理ができる。知らない人に売らせない。いつでも「もう一度同じもの」をつくれる。つまり型をつくらないから廃番がない。無理やり商売しようとしていないから新型を作る時期が決まっていない。当然、架空の「ターゲット」を設定したものづくりなど存在しない。そのデザインを起こすためだけの職能であるデザイナーがいない。そして、外にデザインを依頼したりもしない。材料も道具の修理も自分たちの納得した自分たちだけのものを確保してつくる。京都から外に出ない。結果、京都を代表するブランドとなった。

 信三郎さんは「値打ちのあるもの」という表現をよくしていました。それは「使ってみないとわからない」そうです。「今のものって『新品の時が一番いい状態』と言うでしょ、だから化学繊維とか見栄えのする素材を使う。それが使い込まれると『劣化』でしょ。値打ちのあるのものは、使い込んでいくと『味』になります」。だからこそ、ちょっとした気づきによる「改良」を怠けないそうです。その積み重ねでしか「値打ちのあるもの」は作れないということでした。値打ちのあるとは「使い込める丈夫なもの」なのだと思いました。

 信三郎さんに真面目な質問をしても「まぁ、しんどいだけでしょ、それ」とか、「みんな元気でにこにこしてたらええやないかね」と、ことごとくかわされました。やがて、聞いているこっちが「ま、そんなこと、どうでもいいか」(こういう商業的観点の質問自体がそもそも信三郎さんには当てはまらない)と、自己反省してしまうのでした。本当にやらないといけないことについて、考えさせられましたし、本当はやらなくてもいいことにも、考えさせられました。

 「ネットで販売なんてしたら、人がいるやん」「ずっとパソコンにへばりついてるスタッフが必要になるやんか」「卸売りなんてしたら、流通経費がかかるやん。買いに来てもらったらそれでええやん」……。僕らはあたりまえのように疑うこともしなくなっていることだらけなんだろうなぁと、思うのでした。

 「徹底的に時代に遅れること」を信念としていました。とはいえ、完全に時代を見ていないわけではないのです。時代をどこで見るか。信三郎さんは「メディア」や「社会の流行」でみるのではなく、店頭にくる自分のお客さんから見ていました。だから、ファンが増えて行くんだなぁとも、思いました。いい取材でした。


ナガオカケンメイ デザイン活動家。時代を越えて長く続くロングライフデザインの研究所「D&DESIGN」()を主宰。D&DEPARTMENTデザインディレクター。

 以下では「つくる」「売る」「流行」「つづく」の4つの観点から一澤信三郎帆布のロングセラーの秘密を解き明かす。

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最終更新:2/1(木) 7:47
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