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原口元気も離脱。危険な「脳振とう」、どうケアすべきか? 重度の障害招く恐れ

2/6(火) 7:11配信

フットボールチャンネル

 サッカーは接触プレーの多いスポーツだ。時に頭をぶつけ脳振とうになることもある。選手によってはすぐに立ち上がりプレー再開できそうに見えるケースもあるが、それは極めて危険だという。重度の障害につながる可能性も秘めている脳振とう。どのようにケアし、どのように回復すべきなのか。専門家に聞いた。(取材・文:山下祐司)

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●脳振とうの危険性。認知症やパーキンソン病につながる可能性も

 現地時間2日、ドイツでプレーする原口元気が相手選手との競り合いで頭部を強打。交代を余儀なくされた。診断の結果は「脳振とう」。数日間入院し、当面は練習参加も見合わせるという。

 脳振とうに関しては、サッカー界全体で具体的な対策を取り始めている。2014年9月、FIFAは試合中の脳振とう対策に3分間ルールの導入を発表。FIFAの決定を受けて、日本でも2016年から代表戦とJリーグでこのルールを導入している。

 脳神経外科が専門で脳振とうなどの頭部外傷に詳しい東京慈恵会医科大学・大橋洋輝講師は「スポーツで脳振とうの危険性が知られるようになったのはここ数年のこと。選手の将来を考えると、対策にしっかり取り組む必要がある」と警笛を鳴らす。

 脳が揺さぶられて起こる脳振とうは、衝撃を受けた直後にめまいやふらつき、意識がもうろうとする状態をイメージし、少しの休息で回復したらプレーを再開となりそうだが、それは完全な間違いだという。

「見かけ上は普通に見えても、プレーを続行するとケガの確率がいっそう高くなる。脳内で出血が起きている可能性もあり、症状が遅れて出て記憶障害が10日~2週間ほど残ることもある」

 近年、世界中で脳振とうの関心が高まっているのは、繰り返しの危険性が明らかになりつつあるからだ。一度、脳振とうが起こっても、長くとも10日ほどで回復するケースがほとんど。しかし、脳振とうを繰りかえすとダメージが蓄積し、結果的に脳が萎縮すると考えられている。「これを慢性外傷性脳損傷と言い、長期的にみると認知機能障害や記憶障害など認知症やパーキンソン病と似たような症状があらわれる」と大橋医師は説明する。

 FIFAが導入を決めた3分間ルールとは、脳振とうが疑われる選手をケアするために審判が一時的に試合を止め、チームドクターに診断のために最大3分間を与えるルールだ。チームドクターの許可が降りたときにだけ、審判は選手のプレー続行を容認できる。3分間だけだが、これまでのように脳振とうの疑いがある選手だけがフィールドから出て、対戦チームの選手が1人多く有利になることはなくなった。

 3分間ルール導入の1つのきっかけとなったアクシデントがある。2014年ブラジルW杯決勝戦だ。

●FIFAは対策。しかしマニュアル通りの検診はあまり行われず…

 ドイツ対アルゼンチンの一戦。ドイツ代表のMFクリストフ・クラマーがボールを追ったところ、彼の頭と相手選手の肩が激しくぶつかりクラマーは力なく倒れ込んだ。

 ピッチ上で治療を受け一度は試合に戻りプレーを再開したが、14分後にはチームスタッフに肩を借り、クラマーはうつろな表情でふらつきながら最高の舞台を去ることになった。後に脳振とうで意識が朦朧とし試合中の記憶が全くなく、またクラマーは主審に「この試合は決勝戦なのか?」と質問をしていたことが明らかになっている。

 確実に脳振とうのダメージが残る状態で10数分のプレーを続けたことが、物議をかもしたのだ。

 同大会でのFIFAの対応を問題視したのが、カナダ・聖ミカエル病院の脳神経外科医たちだ。彼らはブラジルW杯の全64試合の録画映像を分析。大会中に推計で61選手が81件の頭部衝撃の受け、そのうち67件で脳振とうを起こしていたと2017年に報告した。

 彼らが指摘したのは、FIFAが自ら推奨している脳振とう対策が軽んじられていた点だ。例えば、2004年にFIFAが発行したサッカー医学マニュアルにはすでに脳振とうの徴候や疑いがあれば速やかにサイドラインで検診を受けるように記載されている。しかし、67件の脳振とうのうち、約63%もサイドラインで検診されていなかった。

 また、各国チームに帯同する医師からの報告をもとに、FIFAがブラジル大会で起きた脳振とう数として発表したのは5件。カナダの脳神経外科医たちからの推計67件とは大きな隔たりがあった。その理由の1つに選手たちがプレーに早く戻るために症状を過小申告している可能性を彼らはあげた。

 結果的にこの報告は、FIFAのおざなりな脳振とう対策を印象づけることになった。

「昨年(11月25日)もバイエルン・ミュンヘンのハメス・ロドリゲスがボルシアMG戦で脳振とうを起こしていたのに15分ほどプレーを続けた。世界的に脳振とう対策はじまったばかり」と大橋医師は話す。その理由は、サッカーの脳振とうの発生頻度が、ラグビーやアメリカンフットボールなどの選手同士が接触する他のスポーツに比べて低いからだという。

 Jリーグの調査では2016年のリーグ戦とカップ戦を合わせた全1063試合で起こった脳振とうは19件。1試合あたり0.9%の発生頻度だった。「発生率は確かに低いが、脳振とうは確実に起こっている」と力を込める。

●なぜアメリカはヘディングを禁止したのか?

 世界に先駆けて脳振とう対策としてヘディングを禁止した国がある。それが米国だ。2016年1月から米国ユースサッカー協会が主催する試合や代表育成プログラムで10歳以下の子どもたちのヘディングを禁止した。

 もし、試合中にヘディングすると相手チームに間接フリーキックが与えられる。11歳から13歳まではヘディング可能だが、試合と練習を合わせて1週間に25回までと制限された。州や地域レベルのユースサッカー協会が歩調を合わせ始めている。

 米国でヘディングの一部禁止をスタートできたのは、圧倒的な人気を誇るNFL(アメリカンフットボールリーグ)の影響が大きい。選手同士が激しく接触し、脳振とうの発生頻度が高いアメフトで、過去のスターの人格や行動が引退した後に大きく変わり、自殺など悲惨な結末を迎えたことがクローズアップされた。

 2013年には元選手約4500人がNFLを相手取り集団訴訟を起こすまでに発展。そして2016年にNFLが推定10億ドル(約1090億円)を支払うことで決着がついた。この影響がサッカーにも及んだ。

 2014年に米国サッカー協会などを相手どり訴訟が起こされた。選手の親らが求めたのは金銭的補償ではなく、新たなルールや脳振とう対策プログラムの導入だった。そして、2015年にヘディングの一部禁止などに合意。2016年から導入となった。

 日本では2016年から脳振とう対策としてJ1~J3全試合を映像で残し、後から分析できる体制が整えられた。これまではチームドクターからの報告のみ。これで実際にどんな状況で脳振とうが起きたのかを調べられる。

 とはいえ、まだ代表やJリーグなどトップレベルが脳振とう対策に手をつけ始めた段階。大橋医師は「日本も脳振とうに関しては世界レベルの認識。だから小学生から大学生、社会人にはケアがない状態です。サッカーはすそ野が広いだけに心配」と話す。

 例えば昨年の12月、E-1選手権で代表に招集された清武弘嗣(C大阪)は練習中に脳振とうを起こし、検査を受け代表から離脱した。休息を含めた回復プログラムの実施予定が報じられ、適切に対応されたことがわかる。

 しかし、もしアマチュア選手が脳振とうを起こし、一般的な医療機関で受診したとする。そこでCT画像に異常が認められなければ、ほんの数日の休息だけを伝えられる可能性が高い。

●安心してはいけない「一時的な回復」

 スポーツで起こった脳振とうからの回復には、症状が消えてから24時間以上の完全な休息をとった後、負荷を徐々に高める段階的トレーニングが推奨されている。

 試合を再開できるのは最短でも完全な休息を終えてから6日後になる。だが、スポーツドクターの多くは整形外科が専門で、脳神経外科を専門とするスポーツドクターとなると人数はかなり少ない。最近では脳振とうの正しい知識を持った整形外科医も多くなっているが、脳神経外科のスポーツドクターがより多く必要になるという。

 さらに脳振とうの対策は現在も研究が進展中のため、今後も変わる可能性がある。例えば、2016年までは長期的に脳振とうで頭痛などの症状が続いている間はずっとプレーを休ませる必要があったが、2017年からはリハビリを開始するようになった。大橋医師は「今後もアップデートされる可能性があるので、最新の情報を持っている医療機関を訪ねて欲しい」と話す。

 小学生、ジュニア世代にはどのようなケアが必要なのか。

「一時的に回復したように見えても、自分の症状をうまく表現できないこともある。保護者はなんとなくぼーっとしている、食欲が減っているなどのシグナルに目を配って欲しい。症状が続くこともある。対応の第一基準はしっかりと休ませること」

 脳振とうだけではなく、ヘディングが後年に脳の機能障害や認知症などを引き起こす原因と疑われている現状では、体が未熟な成長・発達段階での影響が長期的に大きいことも否定できない。そのため練習では軽めのボールを使用するなど頭への衝撃を減らす工夫を大橋医師は勧める。

 スポーツで起こる脳振とうの対策を世界的リードし、4年ごとに開催されているのが国際スポーツ脳振とう会議だ。FIFAやIOC(国際オリンピック委員会)、IIHF(国際アイスホッケー連盟)などがサポートするこの会議が発表するSCAT(Sports Concussion Assessment Tool)がスポーツ現場で行う脳振とうの評価ツールとして世界標準になっている。もちろん、FIFAもSCATの利用を推奨している。

 最新版は2017年に発表されたSCAT5で主に医療関係者が利用する。和訳版は前の版のSCAT3までが存在する。また、簡易評価ツールのポケットSCAT2は医療関係者以外も利用でき、和訳版は各所から無料でダウンロードできる。また5歳~12歳用のチャイルドSCATもある。

 ただしこのSCAT3を使った脳振とう評価は、FIFAが決めた3分間では時間が足りないという。

「SCAT3は3分ではとうてい不可能。シーズン前の評価を記録しておき、比較もしなければならない。日本サッカー協会も早い段階で最新のSCAT5を導入する方向になるでしょう。また今後のために、サッカー独自の評価ツールを考えないといけない」

●手本となるラグビー界での対策。90%以上を見分けた例も

 小学生のころからサッカーを続けてきた大橋医師は「ヘディングはサッカーの大切なプレースタイル。ただしリスクを減らす余地はまだある。奮闘する選手をサポートするためにも脳振とうの危険性が明らかになりつつある今、見過ごすわけにはいかない」と語る。

 大橋医師は、選手を守るために新たなルールを設けたラグビーの取り組みは手本になると話す。ラグビーはルールを整備し、世界のトップレベルでは試合中に脳振とうになった選手のうちの約90%以上を見分け、選手のために交代させた。

 それは試合を公正に判断できる中立的な医師を配置し、脳振とうの疑いがあれば試合を一時的止められる権限を持たせたからだ。試合中の脳振とうを調べるために最大で10分間の選手交代をともなう一時退場も許される。この最大で10分も、復帰を急ぐ不十分な診断を避けるために最低10分への変更を予定している。

「ルールも文化も脳振とうの頻度も違うため、ラグビーのような抜本的な変更は難しいだろうが、環境整備で対応できることもある。選手、そして今後のサッカーのために脳振とう対策は不可欠です」

 FIFAが導入した3分間ルールと復帰プログラムまで含めた脳振とう対策がアマチュアまで広く知れわたること。そして3分間ルールが脳振とう対策のファーストステップとしての位置づけとなるような、対策の進展を期待したい。

(取材・文:山下祐司)

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