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【昭和の鉄道旅】「放浪記」林芙美子が愛した尾道へ

2/13(火) 17:31配信

旅行読売

山陽線・呉線

 岡山から山陽線の各駅停車で1時間20分ほど、尾道駅の少し手前で山の中腹を行く列車の視界が開け、左手に海が広がる。この日の瀬戸内海は、鏡のように穏やかだった。
 林芙美子の自伝的小説「放浪記」の「海が見えた。海が見える。五年ぶりに見る尾道の海は懐かしい」という一節は、この尾道水道の情景を描いたものだ。
 「放浪記」は林芙美子が自らの日記をもとに、極貧の中で感性豊かに生きた放浪生活の日々を綴ったもので、昭和3年に連載が始まった。そこには、昭和に生きた人々の活気あふれる暮らしも描かれている。高峰秀子が芙美子役を演じて映画化され、森光子主演の舞台は50年以上のロングランになったほどの人気作品である。
 「放浪記」の文庫本を片手に尾道を歩く。商店街の入り口には芙美子の銅像が立つ。その先には有志が運営する「芙美子記念館」があり、一時期実際に芙美子が住んだ長屋の部屋を見学できる。
 山側に折れ、山陽線の線路をくぐって千光寺新道を上ると、中腹に「おのみち文学の館」がある。文学記念室には芙美子をはじめ尾道に関係する文学者のゆかりの品々が展示されている。
 さらに坂を上がると、「放浪記」にも登場する千光寺がある。断崖絶壁に立っているので、境内からは尾道水道や街が見渡せる。
 「尾道は商売の港、おもてなしの心や温かい人情があります」と、尾道市文化振興課の力石智さん。
 13歳から19歳まで芙美子はこの街で暮らした。行商で各地を回る父母は留守がちで、貧しく住まいも転々とする芙美子を、学校の先生や豪商たちが助けた。芙美子はここで「初めて人間扱いされた」と書いている。芙美子にとって尾道は思春期の心のふるさとなのである。

山側の坂の道はロケ地としても人気

 千光寺山ロープウェイで山麓駅まで下りると、名物の尾道ラーメンの店が点在する。しょうゆ味のスープの中華そばは地元の人にも人気で、お昼時は行列になる。
 海岸は目と鼻の先。海岸沿いには漁の小船が何艘もつながれている。目の前の向島まではたった3分。自転車を押して渡船に乗る人も多い。 
 渡船に乗って海から尾道の街を眺めてみた。山の斜面に寺や民家が重なり合うように立っている。
 江戸時代、尾道の豪商たちは、航海の安全を祈って寄進し、山の斜面に多くの寺院が建てられた。その後、鉄道や国道が整備されるたびに、立ち退いた民家も山の手に移動し、今の坂の街並みができたという。
 最近は、坂の途中におしゃれな店も増えている。アンテナ・コーヒーハウスもその一つだ。
 「尾道は空襲を受けていないので、あちこちに古い建物が残っています。山の手には迷路のように道が張りめぐらされていて、独特の雰囲気があります。一度壊したら新築できないこともあり、空き家になった古民家をリニューアルしたお店が増えたんです」
 空き家再生のプロジェクトなども始まり、移住もしやすくなった。尾道を舞台にした映画の大ファンだったオーナーの山口真悟さんも4年前に東京から移住、コーヒーの会社で培ったプロの腕を生かし、カフェをオープンしたのだという。
 石畳の坂道の両脇には古民家や石垣が並び、静かで入り組んだ路地に猫がのんびり顔を出す。そんな街のたたずまいが映画やドラマ、CMのロケ地として人気なのもうなずける。
 山の手の坂道には車が乗り入れられない。ふうふういいながら急な坂道を上がっていく。芙美子もこうして坂を上り、民家の間から海を眺めたろうか。
 翌日は船を模した外観と内装の観光列車、瀬戸内マリンビューで海岸沿いを広島に向かうことにした。芙美子が愛した瀬戸内の海を、車窓からゆったり眺めていたかった。

文/高崎真規子 写真/宮川 透

●おのみち文学の館/9時~16時30分(4月~10月は~17時30分)/12月~2月の火曜、年末年始休/300円/電話0848・20・7514(尾道市文化振興課)
●千光寺/9時~17時/無休/電話0848・23・2310
●千光寺山ロープウェイ/9時~17時15分/強風時は運休あり/片道320円、往復500円/電話0848・22・4900
●アンテナ・コーヒーハウス/11時~20時30分/木曜休/電話0848・22・2080

最終更新:2/13(火) 17:31
旅行読売

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