ここから本文です

世界が驚くカーリング女子。チームを作った本橋麻里「8年前の想い」

2/22(木) 8:21配信

webスポルティーバ

 平昌五輪で史上初の準決勝進出を果たしたカーリング女子日本代表(ロコ・ソラーレ北見)。同チームは2010年7月、キャプテン・本橋麻里が主導して結成された。その当時、彼女はどんな思いを描いていたのだろう。

【写真】本橋とともに戦うロコ・ソラーレ北見の4人

 2006年トリノ五輪で一躍脚光を浴び、”カー娘”ブームの火付け役となった本橋麻里。2010年のバンクーバー五輪でもカーリング女子日本代表の主軸として活躍した彼女は、五輪後に所属するチーム青森を脱退し、新チームの結成を選択した。

 国内最強の実力を誇り、恵まれた環境にあるチームから離れ、新たなチームで本橋が目指すものとは何だったのか? 8年前にその心中を明かしたインタビューを改めて紹介する――。

* * *

――新チーム結成、おめでとうございます。

「ありがとうございます。みなさん、そう言って祝福してくれるのはうれしいのですが、まだチームとしての活動をほとんどしてないので、これからだという気持ちが強いです」

――チーム名は『ロコ・ソラーレ』。ジュニア時代のチーム名『マリリンズ』という選択肢はなかったのですか?

「私も24歳になりましたし、さすがに『マリリンズ』というのは……厳しいです(笑)。みんなで、いろいろ話し合いながら決めました。私ひとりのチームではないので、そういう時間を大切にしたいと思っています」

――さて、まずは約5年間、在籍したチーム青森を離れることになった動機を改めて教えてください。

「青森には、自分がいちばん伸びる時期にお世話になりました。しっかりと選手としてステップアップさせてくれて、世界を見させてくれました。本当に多くのことを学びました。それは、私の誇れる財産なのですごく感謝しています。

 そんな場所を離れる理由をひと言で言うのは難しいのですが、自分の限界を超えられなかった、まだまだ学ぶことがたくさんあることに気付いたからでしょうか。2月のバンクーバー五輪、3月の世界選手権と、ふたつの大きなタイトルで、日の丸を背負ったうえで実力を発揮できなかった。それはそのまま後悔として残っています」

1/5ページ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sportiva

集英社

Sportivaムック
5月10日(木)発売

定価 本体1,593円+税

フィギュア特集『羽生結弦 王者の凱旋』
■仙台凱旋パレード
■平昌オリンピック名場面集
■世界選手権プレイバック