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村井チェアマンが語る“育成の可視化”。『フットパス』で見えたJリーグの現在地

3/1(木) 20:14配信

footballista

村井満 Jリーグチェアマン インタビュー

雪で東京の交通網が麻痺した1月22日。「用意してくれた質問にはすべて答えますよ」。Jユースを舞台にしたサッカー漫画『アオアシ』に絡めて「育成」をテーマにしたインタビューは、1時間半にも及んだ。ここではそのアオアシ特別号に収録できなかった部分を特別公開。これまでは「現在地のない地図」をながめているようだったJリーグの選手育成は、育成先進国のドイツ等にならって『フットパス』という検証システムを導入したことで「現在地」をつかみつつある。この課題に、Jリーグはどう向き合っていくのか。さらには、これからのクラブの、リーグの在り方まで、Jリーグのトップが存分に語り尽くす。


インタビュー 浅野賀一


考える力、判断する力は、前提として絶対必要な能力

――(アオアシ特別号インタビューを受けて)「個」というと身体能力や技術と思われていますが、村井チェアマンは傾聴力、主張力といった人間的な強みを持った選手を育てていくことが重要とお考えなんですね。

「まったくその通りです。ブラジル・ワールドカップで優勝したドイツ代表を見るとわかりやすい。アルゼンチンとの決勝でファイナルゴールを決めたのが、当時22歳のマリオ・ゲッツェでした。ゲッツェは2001年に9歳でドルトムントに入り、2009年にブンデスリーガ・デビューするのですが、我われが調査をしたところ、ドイツは一連の育成改革を国を挙げてやっているんです。ドイツは2000年のEUROで1勝もできずグループステージで敗退しました。そうしてどん底まで落ちた時に始めたのが育成改革。その申し子のような選手がゲッツェなんです」

――ゲッツェを生み出したドイツは、どのような取り組みをしていたのでしょうか?

「育成を“可視化する”というコンセプトを掲げ、当時はまだよくわからなかったベルギーのベンチャー企業、ダブルパス社が開発した『フットパス』というシステムを導入します。ブンデスリーガ1部、2部の36クラブの育成組織を、外部の第三者機関であるダブルパス社が客観的な視点からおよそ400項目、5000点満点で得点化するんです。そうして各クラブの育成組織を評価する。そこで育成の成果を挙げているクラブ、つまり“三つ星クラス”のユースアカデミーに育成資金を多く渡す傾斜配分を行いました。例えばJリーグでは、結果指標、つまりJリーグの競技成績の上位に賞金が出るというシステムですよね。ドイツは優勝する前行程のところ、つまり育成環境を競い合って、そこで結果を出したクラブにもお金を配分していたんです」


――その結果、優れた選手が多く生まれていったと。

「フィジカルで戦うチームというイメージだったドイツが、あの細かいパス回しをやるわけです。私はDFB(ドイツサッカー連盟)がしばらく開示していたユースのサイトを見ていましたが、それが面白いんですよ。U-17ドイツ代表の合宿中、宿舎で普通なら『明日の試合はこうだ』というミーティングをやると思いきや、ですよ。こっちの部屋は数学の授業で先生が関数を教えている。またこっちの部屋では地理の授業をやっている。落ちこぼれの子に向けた補習かと思ったら、そうじゃないんです。自分で観察し、“考える力”が最後には大事になるから、選手たちみんなにそれらを行っている、と。片や我われが何をしていたかというと、シュート練習やフィジカルトレーニング、つまりテクニカルな部分が主軸でした。もちろんそれらも大切なことですが、ワールドカップ優勝国の育成はそれだけではなかった、ということです」


――ドイツでは育成年代から「考える力」がより重要と捉えているんですね。

「考える力、自分で判断する力、ゲームのオーナーシップを持つ力は、前提として絶対必要なものなんです。『フットパス』の指標でもそこは大きく求められるし、ドイツは以前からそれをやっている。『フットパス』の評価で欧州が『100』とすれば我われはまだ『40』くらいという自分たちの現在地をつかんだので、ようやくそこに着手し始めたところです。育成の課題にいち早く気づいた勘のいいJクラブは、どんどんエンジンがかかっていますよ」


――そうした考え方を現場レベルに落とし込んでいく上で、具体的にどのような取り組みをしていますか?

「現在、日本サッカー協会とJリーグの共同プロジェクトとしてやっているのが、オーディット(審査)チームが採点をつけ、各クラブの強みと弱みを可視化することです。2016年のJ1・J2の40クラブがほぼ一巡しまして、クラブ個々にフィードバックして今度はどう変えていこうか、というコンサルテーションをやり始めています。改革はクラブ自身がやる部分もあるし、リーグでやる部分もありますね」


――クラブ側、リーグ側それぞれがすべきことを具体的に教えてもらえますか?

「例えばリーグが改革するところは、指導者をより世界レベルに近づけていくこと。スペインのレアル・ソシエダなど育成に定評のあるクラブにJJP(JFA・Jリーグ協働プログラム)の共同事業として、Jクラブからは4名が1年単位で行っています。こういう長期の実践経験を通じて、まずは指導者が世界基準で何が足りないのかを知る。その上で、課題を埋めるための実践トレーニングを積んだ人を増やしていこうというアプローチです。長期で行くことで、クラブとの関係性が築かれ、多くの知見を得られるという報告を受けています。

 一方でクラブ側がすべきことは、ただ『育成に定評がある指導者を連れてくる』というだけでは不足で、自分たちのクラブが目指すべきサッカー論を持ち、それに近づくための指導者を選定することが大切です。オーディットが点数をつけるフェーズを経て、各クラブは土地の地域性なども踏まえた上で、自分たちのチーム哲学やアイデンティティを“言語化”するアプローチに入っています」

松永英機(Jリーグ育成ダイレクター)「フットボールのフィロソフィを作るところから入るわけですが、それが『絵に描いた餅』になっているクラブも多いんです。だから、それをどう具体的に落とし込むか、という研修もやっています。さらに、クラブの哲学と指導メソッドがしっかり繋がっているか、育成コーチの評価がそれと連動しているか、これらすべてのリンケージをクラブと一緒に図っているところです。これから、どのクラブもすごく良くなっていくと思います。

 オーディットの採点を基に課題が出てきたら、それを改善するためのアカデミーダイレクター研修、我われは『マスタークラス』と呼んでいますが、それを昨年、J1を中心とした20クラブが行いました。今年はJ2を中心とした20クラブが受ける予定になっていて、J3のクラブは今年中に最初のオーディットが終了する予定になっています。マスタークラスという研修は年に3回、3月、6月、9月に行っていて、この間に各クラブへと出向いて個別のコンサルティングをやるんです。クラブの悩み事を相談されたり、様々な課題を一緒に解決していくんです」


――すごく興味深いお話です。やはり、経験のある指導者は経験則でやってこられた部分があると思いますが、それをきちんと定義づけして、共有財産にするという試みは非常に面白いですね。

「指導者が変わるとやり方もすべて変わってしまうとか、監督が変わるとガラッとサッカーが変わってしまうのではなく、監督の人選から『うちはこういうクラブの哲学だから』というスタートが切れれば、組織で決めたフットボールと大きなブレがなくなる。その一貫性を持てるかどうかが、今後は問われてきます。ファン・サポーターも、もう勝った、負けただけでは納得できない。『僕らのサッカーはこういうサッカーだ』という議論を交わしてこそ、サッカーが深みを持ってくるのだと思います。

 今まで、Jリーグとしても『あの指導者はいい』とか『あのクラブは指導に力を入れている』とか、個人の努力に育成を委ねていたと思うし、育成の話題も非常に属人的だったり抽象的だったりしたことが多かったと思います。今ではJリーグの各クラブが普遍の育成哲学を持ち始めています」

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最終更新:3/1(木) 20:14
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