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41歳・中田英寿は何を目指すのか 米メディアに「風のようになりたい」と語った理由

3/6(火) 13:14配信

THE ANSWER

41歳となった中田氏、米大手テレビ局のインタビューでキャリアを回想

 元サッカー日本代表・中田英寿氏。偉大なるキャリアを築いた天才は引退後、さまざまな分野に活動の場を広げている。41歳を迎えた中田氏は、米大手テレビ局の番組に出演。10代から天才と呼ばれ、世界の第一線を走りながら、29歳で幕を下ろした自身のキャリアについて振り返っている。

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 米大手テレビ局「CNN」電子版は「元日本代表スター、ヒデトシ・ナカタが出演したCNNの番組『トーク・アジア』」と見出しを打って特集。「日本で最も認知度の高いスターの1人だ」と中田氏を紹介し、ワールドカップ(W杯)に3度出場した名手が06年に29歳の若さで引退したことを伝えている。

「プロとして最後にピッチに立ってから10年以上の月日が経ったが、ナカタは日本の伝統や職人技を広める大使として、依然として日本を代表するような存在だ」と引退後のキャリアを紹介。さらに、今回の番組では41歳を迎えた中田氏の本音に迫るインタビューを敢行している。

 10代から天才と呼ばれ、イタリアの名門ローマでセリエA制覇を果たすなど、世界の第一線で活躍。W杯に3度出場した。いったい、なぜ、サッカー界で成功できたのか。選手としてのキャリアについて問われた中田氏は、こう答えている。

「正直に言うと、サッカー選手になることは自分の夢ではなかった。だけど、サッカーを愛し、できる限りうまくなりたいと思っていた。その結果というだけなんです。私はただ、練習し、楽しみ、ハードに取り組んだだけ。ワールドカップに出て、大会で勝ち抜いていくなんてことは、正直どうでもよかったんです」

第二の人生で見据える未来「一日一日、人間として成長していきたい」

 ただ、サッカーを愛し、うまくなりたい――という思いで取り組んできた結果が、自身のキャリアの成功の一つの要因になっているようだ。

 そして、引退後に日本中を旅した理由について「基本的に、私の人生はサッカー一色でした。もちろん勉強もしたけど、日本については何も。32、33歳で日本に帰ってきた時、世界中を旅してきたからこそ日本に好奇心を抱いたんです」と話し、日本を理解するために車1台で47都道府県を回って旅したという。

 気になるのは今後、どんな人生を歩むのかだ。「どうなるかは自分でもわからないけど、私は毎日、一日一日、人間として成長していきたいと思っている。毎日できることを100%でやる。今は、翌日にエネルギーを貯めておく必要なんてありませんから」と話し、「自分の存在を伝承させたいか」と問われると、こう答えている。

「みんな、私のことをいつまでも覚えておく必要はない。私を雲のような存在になりたい。自然と同じような存在に。雲は流れていくだけだけど、その存在はなんとなく人々を幸せにしている。あえてここでは風になりたいと言っておきましょうか。それは見ることのできない存在でしょうから。でも、本当に時々、人々を幸せにすることもある」

 独特の言い回しで、雲や風のように人々を幸せにできる存在になりたいと語った中田氏。サッカー選手としてグラウンド上のプレーのみならず、生き方でも強烈な個性を発揮してきたカリスマは今なお、自らの信念を貫き、第二の人生を歩んでいる。

THE ANSWER編集部

最終更新:3/6(火) 13:36
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