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多田野数人らしい引退セレモニー。「思うようにならなかった球歴」こそ大きな財産【えのきどいちろうのファイターズチャンネル#71】

3/12(月) 18:03配信

ベースボールチャンネル

北海道が荒天の日、多田野数人の引退セレモニーが行われた。日米での野球経験を生かして第2の人生を古巣・ファイターズで歩み出す。

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荒天での引退セレモニー

 ちょっと前のことになるのだが、書き残しておきたいから書く。多田野数人の引退セレモニーだ。僕はこの日、台湾ラミゴ・モンキーズとの親善試合で生涯初、ナイター解説者の大役を仰せつかり、HBCラジオの実況席にいた。これまで経験したのはプロOBの野球評論家がちゃんといて、そこに「ゲスト解説」として加わる形ばかりだ。試合前から緊張していた。たぶん台湾・桃園国際棒球場にラミゴを見に行ったりしたフットワークの軽さが買われ、声をかけてもらったと思う。

 だから多田野の引退セレモニーに居合わせたのは偶然の産物だ。3月1日、列島は荒天に見舞われた。午前中は関東が大荒れで、飛行機が欠航。午後は飛び立つことはできても、今度は北海道が吹雪で降りられない。僕は午前便で札幌入りの予定を急きょ組み替えて、前日入りして事なきを得たのだった。放送の仕事は本人がいないとどうしょうもない。逆に言うと、放送の仕事がなかったら、あんな大変な思いをして札幌ドームへ向かうことはなかっただろう。こういうのは縁だ。僕はスタジアムで多田野を見送る幸運に恵まれた。

 ていうか「スタジアムで多田野を見送る」機会を得たのは、およそ1万人強のファンだけだった。プロ野球のオープン戦ではなく外国チームとの対戦だったこともある。もちろん悪天候も要因だ。北海道各地で道路の通行止めが相次いだ。事故も多発した。僕はその日、札幌・大通の街なかで路線バスと乗用車の衝突を目撃した。多田野の引退セレモニーは発表後、話題になっていたからあんな天候でなければもっと多くのファンが駆けつけたんじゃないか。僕は多田野らしいなぁとちょっと思った。

紆余曲折の野球人生

 多田野の野球人生は思わぬことの連続だったと思う。まず有名な話である。立教大時代にアルバイト感覚で出演したビデオがプロ入りの予定を狂わせた。ドラ1指名有力だったセの球団が指名を見送った。多田野は米球界挑戦を目指すことになる。数球団の入団テストを受け、クリーブランド・インディアンスに合格、マイナー契約を結ぶ。ルーキーシーズンは1Aで始まり3Aまで昇格した。翌2004年はコールアップされ、メジャーリーガーに昇格、7月にはシンシナティ戦で初先発初勝利を挙げている。といってメジャーでの勝利はこの1勝だけだ。2005年は1試合の登板のみ、2006年戦力外通告を受ける。

 まぁ、しかし米球界挑戦は華やかな印象だ。日本のドラ1よりメジャー経験のほうが派手なんじゃないか。実際に華やかな世界を垣間見たのは間違いない。が、苦しかったらしい。米球界は男性原理の社会だ。ゲイビデオに出演していたことは差別される。特にマイナー時代はロッカーが荒らされ、イジメを受けた。多田野は記者会見を開かねばならなかった。「若き日のたった一度の過ちだった。自分はゲイではない」と語った。何てむなしい会見だろうか。多田野はアメリカで最高の経験と最悪の体験を両方味わった。

 僕は多田野がファイターズに来るんじゃないかと想像していた。実は森本稀哲の実家、日暮里の焼肉「絵理花」(今は閉店)に、ファイターズの球団関係者と「インディアンスの多田野選手」が会食に訪れていたのだ。僕は絵理花の常連客とツーカーだった。そんな情報は筒抜けだ。といっても情報を切り売りするタイプのライター業じゃないから、おお、そんなのが決まったら面白いなぁと思ってただけだ。なーんも役立てなかった。そういうことにまるで関心がない。

 案の定、2007年ドラフト(大学・社会人)でファイターズ入りが決まる。まわり道したけれど、NPBの1巡目指名選手だ。米球界でつかみ取ったものを生かすチャンスだ。多田野は心中、期するものがあったろう。が、またアクシデントだ。1月自主トレで都内をランニング中、転倒、左手首を骨折する。1月中旬に手術になった。大事なNPBデビューにいきなり出遅れる。このシーズンはリハビリに2ヶ月以上費やし、5月の楽天戦でやっと1軍デビューを果たす。これがMLB同様、初先発初勝利だった。不思議な選手だ。持ってないかと思うと持ってるんだなぁ。だけど、キャンプを棒に振ったツケがシーズン後半にやって来る。夏場以降さっぱりだった。

 僕はこの2008年シーズン、多田野がNPBで初めて投じた超スローボールを生で目撃している。ラストイヤーの広島市民球場だ。6月18日、打者はスコット・シーボル。1ボール2ストライクからの4球目、ボールが重力を離れ、上空へ浮かんだ。そして、すーっと落ちてきて、シーボルがこれを引っかける。ショートゴロ。球場がどよめいた。この試合、多田野は広島・前田健太に投げ負ける(マエケンNPB初勝利!)のだが、僕はすごいもんが見れたと大満足だった。あれが見れたのはやっぱり縁があるんだろう。

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