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廃部寸前の無名県立校がセンバツ出場。富島(宮崎)に何が起きたのか

3/18(日) 8:30配信

webスポルティーバ

 開幕が目前に迫ったセンバツ高校野球大会は、“史上最強”の呼び声高い大阪桐蔭や、昨年秋の明治神宮大会の覇者・明徳義塾(高知)を筆頭に、今年も豪華な顔ぶれが揃った。

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 そんな中にあって、秋の九州大会で準優勝を果たした富島(宮崎)は、全国の高校野球ファンには馴染みのない学校かもしれない。そればかりか、地区代表として送り出す九州の人間にとっても“初耳”という人は多いのではないだろうか。

 学校名は「とみしま」と読む。宮崎県日向市にある実業系の県立高校だ。全校生徒は定時制を含め618人。延岡学園や聖心ウルスラといった、近年、宮崎の高校球界で猛威を振るっている県北勢の一角を成している。

 日向市からの甲子園は、1989年夏の日向高校以来だけに、センバツ切符がかかった昨年秋の九州大会には十屋幸平日向市市長も応援に駆けつけるなど、地元は“富島フィーバー”に沸いた。

 近隣には、先述したように延岡学園(2013年夏の甲子園準優勝)や聖心ウルスラ(昨年夏の代表校)、青木宣親(ヤクルト)らが輩出した日向といった人気と実力を兼ね備えた強豪校が多く、富島は常に劣勢を強いられる立場にあった。

 チーム躍進のきっかけとなったのは、2013年に浜田登監督が就任したことだった。2008年の夏に母校である宮崎商を率いて甲子園に出場し、同年秋のドラフトでは左腕エースの赤川克紀がヤクルトからドラフト1位指名を受けるなど、チーム強化と選手育成に定評がある名将だ。

 だが、浜田監督が就任した2013年春の段階で、野球部員はわずかに11人。そのうち半数が野球未経験者だった。一時は部員数が5人まで落ち込んだ時期もあった。

「もはや野球部の体(てい)を成していない……恥ずかしい」と夏の開会式のときにバスから降りるのをためらう選手もいた。当然のことながら初戦敗退が当たり前で、それだけに今回の快進撃への市民の反応は「よくもあの富島が……」と、感心とも絶句ともつかないものだった。

「3年で九州大会、4年で甲子園に行きます」

 富島着任の歓迎会でこう宣言した浜田監督に対して、当初、周りの反応は冷ややかなものだった。部員数の減少により、廃部寸前だった野球部である。いくら名将が来たとはいえ、それまで初戦敗退が当たり前のチームが急に変わるとは誰も想像していなかった。

 それでも、実力のある公立校や実績のある監督に多大なリスペクトを寄せる県民性もあって、浜田の着任と同時に地域の有力選手が続々と富島に入学した。

 もともとこの地域はソフトボール出身者を中心に選手の質が高く、県内の強豪校に何人もの選手を送り込んでいる。それだけにこの地域の有力選手が集まった富島は、瞬く間に力をつけていった。

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