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中国人はなぜ裏切るのか―― 裏切られることを前提とする社会

4/6(金) 7:31配信

デイリー新潮

 たまたま列車で隣り合わせになったひとと話が盛り上がった。すっかり親しくなったあとで、「ちょっと荷物を見ていてください」と頼んで席を立った。戻ったら、荷物といっしょに相手はいなくなっていた……。

 こんな話を聞いたら、日本人なら誰もが「ヒドい奴だ」と憤慨するだろう。だが同じ話を中国人にすると、「そんな奴を信用したお前が悪い」といわれる――。そう語るのは、作家の橘玲氏である。

 なぜ隣国にもかかわらず、日本と中国では、これほどまでにものの捉え方が違うのだろうか。橘氏は著書『言ってはいけない中国の真実』の中で、その理由を以下のように説明している。

 ***

 中国は「関係(グワンシ)の社会」だといわれる。グワンシは幇(ほう)を結んだ相手との密接な人間関係のことで、これが中国人の生き方を強く規定している。

「グワンシ」は人間関係を「自己人(ズージーレン)」と「外人(ワイレン)」に二分することだった。「自己人」はインサイダー、「外人」はアウトサイダー一般にあたる。

 自己人とは、自分と同じように100パーセント信用できる相手のことだ。人間関係でもっとも大切なのは血縁だが、情誼(じょうぎ)(チンイー)を結んだ朋友(ほうゆう)も自己人の内に入る。

 それに対して外人は、文字どおり「自己人の外のひと」だ。「グワンシ」を持たない外人は、信用できることもあれば裏切られることもある。
 
 中国人は外人を信用せず、すべてを内輪(インサイダー)でやろうとしている、というわけではない。それとは逆に、彼らは日々の仕事や生活のなかで外人ともおおらかにつきあう。ただ、どれほど親しく見えても、最後は裏切る(裏切られる)ことが人間関係の前提にあるのだ。

 中国人の行動文法では、裏切ることで得をする機会を得たときに、それを躊躇なく実行することを道徳的な悪とは考えない。こうした道徳観はいまの日本ではとうてい受け入れられないが、戦国時代の下克上ではこれが常識だった(だからこそ忠義を尽くすことが最高の徳となった)。それがさらに1000年つづくと、ひとを信用して荷物を持ち逃げされても、非は相手にあるのではなく自己責任だという文化が育つのだ。

 日本の社会と比較した「グワンシ」のもうひとつの特徴は、個人と個人の関係が共同体のルールを超えることだ。

 日本でも、会社のコネで手に入れたチケットを友人に回す、などという行為は一般に行なわれている。しかし機密情報の漏洩など、重大なルール違反にまで手を染めるひとはほとんどいない。だが中国では、「グワンシ」のあるひとから依頼されれば会社のルールはあっさり無視されてしまう。これが日本企業が、「中国人は勝手に情報を持ち出す」と不満を募らせる理由だ。

 なぜこのようなことが起きるかというと、日本と中国では「安心」の構造が異なるからだ。

 日本の場合、安心は組織(共同体)によって提供されるから、村八分にされると生きていけない。日本人の社会資本は会社に依存しており、不祥事などで会社をクビになれば誰も相手にしてくれなくなる。だからこそ、会社(組織)のルールを私的な関係よりも優先しなくてはならない。

 それに対して中国では、安心は自己人の「グワンシ」によってもたらされる。このような社会では、たとえ会社をクビになったとしても「グワンシ」から新しい仕事が紹介されるから困ることはない。だが自己人(朋友)の依頼を断れば、「グワンシ」は切れてすべての社会資本を失い、生きていくことができなくなってしまうのだ。

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最終更新:4/6(金) 14:48
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