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ハリル氏は「軍曹」にあらず。周囲の人々が語る知られざる素顔と、解任理由への違和感

4/11(水) 16:06配信

フットボールチャンネル

 ヴァイッド・ハリルホジッチ監督は選手たちとの間のコミュニケーションや信頼関係で問題を抱えるような人間なのだろうか。今月9日、電撃的に日本代表監督を解任されたボスニア人指揮官をよく知る周囲の人々の証言を紐解くと、彼が本来見せてきた素顔が浮かび上がってきた。(取材・文:小川由紀子【フランス】)

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●リールの英雄になったハリルホジッチ

 ヴァイッド・ハリルホジッチ氏の突然の解任には驚いた。

 日本サッカー協会から発表があったちょうど1週前の4月1日、ハリルホジッチ氏はフランスのテレビ局『TF1』の日曜朝の定番サッカー番組、『TELEFOOT』のデジタル版にゲストで招かれ、日本代表監督としてワールドカップに臨む抱負を語っていたのだ。

 3月の代表戦の後にハリルホジッチ氏と電話で話したというアルジェリア人記者は、「その時からどこか怪しい雲行きをヴァイッドは感じているようだった」と話していたが、「解任になった今から思えば…」、という部分もあるだろう。実際のところ、この番組に出演していた時の彼に、ワールドカップ本戦まで2ヶ月というこのタイミングで解任になるという出来事は、微塵でも想像できていただろうか。

 ハリルホジッチ氏は、個性が強烈なだけに、功を奏するか否かがはっきり分かれるタイプだ。

 たとえば2部リーグへ転落したところからチャンピオンズリーグ出場へ、魔法のような復活劇を実現したフランスリーグのリールでは、彼はいまだにレジェンドであり、アンバサダーにも任命されている。

 先日もリールの駅前で食事をしていたら、隣のテーブルの紳士から「日本人ですか?」と尋ねられ、「そうだ」と返すと、彼はうれしそうに、「我々にとって英雄であるヴァイッド・ハリルホジッチ氏はあなた方の国の代表監督ですよね。ラッキーですよ、日本は強くなる」と話しかけてきた。

 今頃この御仁はこの顛末を残念がっていることだろうが、リール時代の関係者も、ハリルホジッチ氏との思い出は喜んで話してくれる。

 当時のクラブ幹部や主力選手たちは揃ってハリルホジッチ氏の印象を、「自分にも他人にもものすごく要求の厳しい人」と語るが、それでもついていくことができたのは、「彼についていけば結果が得られるとわかっていたから」だというのだ。

 当時のキャプテン、パスカル・シガンはこう断言していた。

「それがすぐなのか、数年かかるのかはわからない。ただ、ひとつだけ確実に言えることがある。ヴァイッドのメソッドに従っていれば、いつか必ず結果が出るということだ」

 彼の要求は最高に厳しいが、言うことは間違っていない。辛抱して続ければ、必ず成果が出るのだと。

●ハンパない厳しさの裏側で見せたフェアな人格

 ハリルホジッチ氏のもとでプロデビューし現在はテレビ解説者として活躍中のベノワ・シェイルーも同意見だ。

「もちろん反対分子はいた。けれど結果が出てくればメッセージはより伝わりやすくなる。それに彼自身が選手時代にハイレベルで活躍していたことでも、十分に説得力はあった」

 毎日の練習で200%の集中力を要求されるのは心身ともに相当ハードだったが、目に見えて勝利試合数が増え、順位が上がると、おのずとチームの士気は上がった。

当時のハリルホジッチ氏の口癖は、「たとえマラドーナでも、調子を落とせば容赦なく外す」だったという。

 2014年のブラジルワールドカップのアルジェリア代表でも、チームの支柱だったキャプテンのマジッド・ブーゲラを3戦目からすっぱり外して戦ったが、「ハリルホジッチ監督の選手選考はいつもみなが納得いくものだった。スター選手であっても容赦しないフェアなところを選手は信頼していた」とシェイルーは言う。

 ただし厳しさもハンパなかった。

 シェイルーはミーティングに、”フランスでは遅刻のうちに入らない3分”遅れただけで、ミーティングルームのドアをロックされ、その後1ヶ月試合に出してもらえなかったというし、シガンも、途中交代で入った試合で、監督の指示に従わなかったらやはり1ヶ月干されたことがあったらしい。

 それでも彼らは「ハリルホジッチ監督なしに自分のキャリアはなかった。彼には借りがある」と絶大な恩義を感じている。

 リール時代のハリルホジッチ氏はクラブ幹部との仲も良好だった。彼を監督に招聘した当時の技術部長は、「要求は厳しいが、決して難しい人ではない」と語り、「敗戦の責任はすべて自分が負うフェアな人だった」と述懐する。

 また会長だったベルナール・ルコント氏も、「彼はチームの運営面には立ち入らない。私はスポーツ面には干渉しない。この住み分けをきっちりしている限り、彼とのトラブルは一切なかった。実際彼とは良い思い出しかない」と当時を懐かしむ。

 フェアな人、という意見には個人的にも賛成だ。

 サッカー関係者は、電話をかけてもひとまず留守電にして、残されたメッセージを聞いてから、受けるかどうか判断する人が多いが、ヴァイッドさんはめずらしく、(今現在のような渦中を除いては)居留守など使わずに電話に出てくれていた。

 日本代表監督に正式に就任したあとは「取材に関しては協会が管理するのでもう個別には電話で対応はできませんので悪しからず」とご丁寧に説明してくれるような人だった。前に空港で話しかけたときも実に紳士的な対応で、こちらも仕事なのだから、と理解しリスペクトしてくれる姿はとても律儀に映った。

●「彼が堪え難いのは、態度だけで示そうとする人」(バロンケッリ氏)

 アルジェリア代表でも、2014年のブラジルワールドカップで同国を歴代最高のベスト16に導いたことで高い評価を受けているが、そこでアシスタントコーチを務めた元同国代表DFノルディン・クーリシも、ハリルホジッチ氏について、「人としても監督としても素晴らしい、尊敬しうる人物だ。彼とともに仕事した3年間は非常に充実していた。結果も残せたしポジティブな思い以外にない」と話す。

「彼は非常に知的で、自分に自信を持っている。しかし他者には常に敬意を示す。ハードワークを信条とし、研究熱心だ。選手の素質を見抜く眼力にも優れている。戦術眼に優れ、経験があり専門知識も豊富。そしてスタッフや選手たちを尊重する気持ちを常に持っている」

 クーリシ氏は、ハリル監督は選手でも、スタッフでも、言いたい事があれば直接話をすることを好むため、「彼に対しても、何かある場合はきちんと本人に話をすることが必要だ」と言っていた。

 日本代表監督の座を解かれた最たる理由は、「コミュニケーション問題」とされているが、監督と選手が会話する機会はたびたび設けられていたというから、コミュニケーション自体はとられていたにもかかわらず、お互いを理解できていなかったということか?

 この、ハリルホジッチ氏の「コミュニケーション重視説」は、現役時代にナントで攻撃パートナーを組み、指導者になってからも10年近く計6つのクラブで同氏のアシスタントを務めた”女房役”、ブルーノ・バロンケッリ氏も強調していた。

「彼が一番嫌うのは、何か問題があるのに理由も言わずに勝手にこちらがキレているような状態だ。彼は話せば必ず耳を傾ける。何かあった時に、もしわたしがただ不満を感じてクサっていたら、2人の関係はすぐに終わっていただろう。彼は分析好きな人間だから、問題があるならその原因を突き止め、解決しようとする。だから、彼とはまずは話し合うことが大切なんだ」

「彼にとって堪え難いのは、言いたい事があるのに、本人に直接言わずに、影で言ったり、態度だけで示そうとするような人だ。彼はいつでも聞く耳を持っているし、意見の違いがあるならそれをきちんと戦わせたいと思っている」

●まっすぐ故にトラブルも。PSG時代に味わったトラウマ

 厳格なイメージのハリルホジッチ氏には尻込みする選手も、イタリア系でおっとり朗らかなバロンケッリ氏には何でも話せたため、アシスタント時代は選手と監督の間のクッション役を務めていたという。彼のような仲介役がいれば、日本代表でのコミュニケーション問題も違っていたのだろうか。

 いずれにしても、バロンケッリ氏にとっては、常に自分が行くべき道をはっきりと理解しているハリルホジッチ氏は、いつも迷って意見がころころと変わるようなリーダーよりもついていきやすい指導者だった。

 一方で、パリ・サンジェルマン(PSG)やコートジボワール代表、ディナモ・ザグレブなどでは、チームやクラブ上層部との不和から解任されている。

 コートジボワール代表では就任後23試合無敗で、2010年の南アフリカワールドカップ予選を通過したにもかかわらず、アフリカ大陸選手権の準々決勝で格下と思しきアルジェリアに負けたことで、南ア大会4ヶ月前に首を切られるという屈辱を味わった。

 またPSG時代、就任初年度にリーグ準優勝、フランス杯優勝という好成績を収めながら翌シーズン半ばに解任されたことは、いまでもハリルホジッチ氏にとって相当コンプレックスになっていると、当時取材していたレキップ紙の記者は言っていた。

 PSGでは、自信に満ちたエリート軍団に、成績不振で自信を失っていたリールの選手たちと同じやり方で接したら猛反発をくらった。

 当時の選手に「ハリルホジッチ氏についてお話を伺いたい」と依頼したら、「他のことなら何でも話してあげるけど、”あの人”のことについてだけは話したくない」と名前を口にするのもはばかられる、といった反応をされたこともある。ハリルホジッチ氏の方も、冒頭のテレビ番組の中で、当時PSGを裏切る形でライバルのマルセイユに移籍した選手のことはいまだに許せない、と話していたから、両者の間の溝は相当深そうだ。

●「ヴァイッドに『手抜き』はありえない」(バロンケッリ氏)

 柔軟性のなさがハリルホジッチ監督のキャリアに影を落としているのは事実だが、彼が何があっても信念を曲げない人であることがわかりきっている以上、その彼を招聘する側が、それでも彼を起用する目的をクリアにしておく必要がある。

 バロンケッリ氏はこうも言っていた。

「選手によっては、その厳しさについていけない者もいるだろうが、ヴァイッドに『手抜き』はありえない。どんな小さなことでも、彼のやることに『偶然』はない。すべてが計算されて計画に基づいたことなんだ。それにメディアはヴァイッドに『軍曹』のようなレッテルを貼るが、むしろ一番遠いのがこのタイプ。たしかに厳しいが、選手たちのことは徹底してプロテクトする。言うなれば厳格な父親といった感じだ。彼は惜しみなく持っているものを与える寛容な人間だよ」

 ハリルホジッチ氏が、日本代表の発展のために、自分が持てる知識や術をすべて授けようと尽力してくれたことは間違いない。

 ただその手法があまりに一徹で、表現方法もストレートすぎたために、そういったアプローチに馴染みがなくて拒否反応を示したり、対応の仕方に戸惑った関係者や選手はいたかもしれない。ある程度理解できるヨーロッパ人でさえ受け入れ難かった人もいたのだから、対人面の文化がまた違う日本ではなおさらだ。

 ただ、そのあたりはハリルホジッチ氏を招聘する時点である程度予測できたことだろうから、「コミュニケーション問題で解任」というのは腑に落ちないというか、残念というか…。ハリルホジッチ氏にしても、母国語を使った方が、より細かな部分まで伝えられるだろうから、表現方法も変わっていたのに、とも思える。

 まあ、当事者だけが知る諸々の事情もあるのだろう。いまはただ、ハリルホジッチ氏の今後の活躍、そして西野朗新監督とともに再出発する日本代表の善戦を祈るしかない。

(取材・文:小川由紀子【フランス】)

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