ここから本文です

松坂大輔を見て思い出す、プロ野球「記憶に残る復活投手」ランキング

4/23(月) 8:11配信

webスポルティーバ

 松坂大輔にようやく復活の兆しが見えはじめた。

 メジャーリーグを経て、2014年12月に3年総額12億円プラス出来高払いでソフトバンクと契約。華々しく凱旋帰国したが、右肩痛に苦しみ3年間まともなピッチングを披露することなく2017年オフに戦力外となった。

【写真】松坂大輔「去年の10月、先生が肩をはめてくれたんです」

 それでも現役にこだわって中日にテスト入団を果たすと、4月5日の巨人戦で550日ぶりに一軍マウンドに上がり、5回3失点の粘投。4月19日の阪神戦では、勝ち投手にはなれなかったものの7回2失点と好投した。

 思い返せば、日本のプロ野球には松坂のように大きなケガや手術による困難を克服し、第一線のマウンドに戻ってきた名投手が何人も存在した。その中から、記録や成績よりも「記憶に残る復活投手」を独自にランキング。前編はその10位から6位までを紹介していこう。

◆10位 中里篤史(元中日、巨人)

【ケガの内容:右肩脱臼】
【復帰後の主な成績:5年32登板、2勝1敗】

◇グラウンド外のケガに泣いた逸材

 プロで本格的に活躍する前にケガを負い、長らくファンから期待をかけられたうえでマウンドに戻ってきた投手として、中里篤史の名前は外せない。

 細身からムチのように腕をしならせて投じる快速球を武器に、春日部共栄高校時代には埼玉県大会で5イニングすべてのアウトを三振でとっての完全試合を達成(5回コールド勝ちのため、参考記録)。2000年のドラフト会議で中日から1位指名を受けて入団し、将来のエース候補として期待された。

 ルーキーイヤーは2軍で7勝1敗と好投し、一軍デビュー戦では最速151キロをマークするなど存在感を見せたが、2年目のキャンプで転倒事故により右肩を脱臼する。リハビリをこなしていた翌年のオフにも同じ箇所を再脱臼し、選手生命が危ぶまれた。

 それでも、2004年に手術を行ない、翌シーズンの終盤に一軍復帰を果たす。その試合でリリーフ登板した中里はプロ入り初勝利を挙げ、翌年には152キロを記録するまでに復調。日本ハムとの日本シリーズでは新庄剛志の現役最終打席で登板し、三振に打ち取っている。

 さらなる飛躍が期待されたが、その後もケガなどの不運に見舞われ、才能は完全に開花することなく引退。ファンの大きな夢を背負ったまま“未完の大器“はマウンドを去った。

◆9位 牧田和久(西武、パドレス)

【ケガの内容:右ヒザの前十字靭帯断裂】
【復帰後の主な成績:7年276登板、53勝49敗、54ホールド25セーブ】
【獲得タイトル:2011年・最優秀新人賞】

◇プロ入りを遅らせたアマチュア時代の大ケガ

 アマチュア時代に負ったケガを克服し、プロ入り後に活躍した“裏カムバック投手“の代表格が牧田だ。

 高校1年時にアンダースローに転向した牧田は、平成国際大学のエースとして活躍し、2年時の日米大学野球選手権では、埼玉で開催した試合での限定出場ながら大学日本代表入りを果たした。卒業後は社会人野球の日本通運に入社したが、2年目の2008年に行なわれたトヨタ自動車との日本選手権の試合中、バッター荒波翔(現・横浜)のバント処理の際に右ヒザを捻って前十字靭帯を断裂してしまう。

 全治1年の大ケガとなり、その年のドラフト指名を考えていた各球団のスカウトも一度は獲得を断念。しかしその後、懸命なリハビリによって2009年後半に復活する。翌年には7回コールドゲーム参考ながらノーヒットノーランを達成するなど、その投球を見た西武が獲得に踏み切ることになった。

 26歳の誕生日を目前にした2010年10月に、牧田はドラフト2位で指名された。するとルーキーイヤーで5勝22セーブを挙げて新人王を獲得したのを皮切りに、先発、中継ぎ、抑えと大車輪の活躍を見せる。WBCにも2大会連続で出場し、諸外国の強打者を翻弄した。

 今年の1月にパドレスと契約し、メジャーに進出したサクセスストーリーを考えると、アマチュア時代の復活は牧田にとって野球人生の大きな分岐点だった。

1/3ページ

記事提供社からのご案内(外部サイト)

Sportiva

集英社

Sportivaムック
5月10日(木)発売

定価 本体1,593円+税

フィギュア特集『羽生結弦 王者の凱旋』
■仙台凱旋パレード
■平昌オリンピック名場面集
■世界選手権プレイバック