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小平智とスピースが辿る同じ道。スポット参戦での優勝は事件なのだ。

4/25(水) 10:31配信

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 「こんなに早く優勝できると思っていなかったので、すごくうれしい」

 米ツアーのRBCヘリテージ最終日を首位から6打差の12位でスタートし、キム・シウとのサドンデス・プレーオフに持ち込んで勝利した小平智は、優勝会見で噛み締めるように、そう言った。

 日本人では史上5人目の米ツアー・チャンピオン。通算15試合目での初優勝はその中でも最速だ。その意味では、確かに「早く優勝できた」ということになるが、早いと言っても、そこに至るまでには当然ながら「それなりの」時間と努力があった。

 米ツアーのQスクール(予選会)にひっそり挑戦したのは、4年前だった。結果は不合格で、メンバーになれず跳ね返された小平は以後、地道な歩みを続けてきた。

 一昨年ごろから自力で世界の舞台に立ち始め、昨年は全米オープン、世界選手権シリーズのブリヂストン招待、全米プロにも出場。「自信になった。もっと(成績が)出せるとも感じた」と徐々に手ごたえを得始めた。

名付けて「小平の道」。

 今年は世界ランキング上位50位入りしてマスターズ出場権を得ることを目指し、年明けからアジア、メキシコ、アメリカを転戦。世界46位でオーガスタへの切符を手に入れ、憧れのマスターズでは初出場にして大善戦し、28位で4日間を終えた。

 そして今後は得られるチャンスを最大限に活用して米ツアーの試合にスポット参戦で挑み、スペシャル・テンポラリー・メンバーへ、正式メンバーへという順路を目指そうと翌週のRBCヘリテージへ赴き、そこで米ツアー初優勝を遂げた。

 日本人としては史上5人目のチャンピオン。だが、勝利に至るまで、米ツアーメンバーになるまでの小平の歩み方は、実を言えば、日本人としては初めての道である。

 これぞ、名付けて「小平の道」。彼は、これから米ツアーを目指す日本の若きゴルファーたちの範となるパイオニアになったと言っても過言ではない。

スピースもスポット参戦で勝利を手にした。

 「小平の道」――それは、ジョーダン・スピースが歩んだ道とよく似ている。

 2012年にプロ転向したスピースは、何の保証も確証もないまま、2013年の米ツアーの大会にスポンサー推薦やトップ10入りによる翌週の出場資格獲得という綱渡りのスポット参戦で挑み始め、その年の7月、ジョンディア・クラシックで初優勝。

 ノンメンバーの“単なるチャレンジャー”だったスピースは、いきなり米ツアーの正式メンバーへジャンプアップした。

 小平もヘリテージに出た段階では、かつてのスピース同様、“単なるチャレンジャー”だった。だが、大会を堂々制し、初優勝を挙げたことで、スペシャル・テンポラリー・メンバーを目指すプロセスを飛び越え、いきなり米ツアーの正式メンバーになった。その意味で、スピースの歩みと小平のそれは、そっくりなのだ。

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最終更新:4/25(水) 10:31
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