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J1通算400試合達成の浦和GK西川 “忘れられない思い出”と目標とする偉大な先輩とは?

4/29(日) 8:30配信

Football ZONE web

大分で118試合、広島で135試合、浦和で147試合を積み重ねて大台に到達

 浦和レッズのGK西川周作は、28日のリーグ第11節・湘南ベルマーレ戦で史上21人目となるJ1通算400試合出場を達成。試合後には感謝の気持ちや思い出を話しつつ、目標とする存在に元日本代表GK楢崎正剛(名古屋グランパス)を挙げた。

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 西川のデビューは2005年、大分トリニータの下部組織から昇格して横浜F・マリノスとの対戦だった。当時のことを「前の夜から足が震えて眠れなくて、緊張して」と振り返る。奇しくも相手GKは浦和でチームメイトとなった榎本哲也だった。「テレビで見ていた中澤(佑二)さんとかがいて。マリノスはタレント揃いでしたからね。あの時にチャンスをくれた ファンボ・カンさんには感謝しています」と、当時の指揮官への感謝を口にした。

 デビュー戦は0-2で敗れたものの、フリーキックの場面でキッカーを務めるなど話題性も十分だった。直前にワールドユース(現U-20ワールドカップ)に出場して帰国したばかりの若きGKは、この抜擢を受けると瞬く間に大分の守護神に定着。大分でリーグ通算118試合に出場して、サンフレッチェ広島に移籍した。広島ではリーグ優勝も経験しながら通算135試合でプレー。そして、浦和では5シーズン目に入り、ここまで通算147試合に出場した。気が付けば、浦和での出場試合数が最も多くなっていた。

 試合数の内訳を伝え聞いた西川は、「意外ですね」と驚いた様子。「こんなに長く浦和でプレーできると思っていなかったですし、想像もしていなかった。トレーナーの方のサポートが非常に大きいし、体のケアもかなりやってもらっています。浦和でこれだけ試合に出てこられたのは幸せですね」と、穏やかな表情で話した。

元日本代表GK楢崎が目標「努力しなければ成し遂げられない」

 浦和での思い出は、昨年のAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝に加え、2016年のルヴァンカップ優勝なのだという。そこには二つの理由があると話す。

「レッズに来て初めてPKを止めた試合ですし、僕はあの大会、代表があって決勝しか出られなかったけど、それまで(大谷)幸輝が頑張ってくれて与えてくれたチャンス。絶対に応えなければと思ったんです」

 その決勝戦は、ガンバ大阪を相手に1-1でPK戦にもつれ込んでいた。西川は相手4人目のFW呉屋大翔のキックをストップし、浦和は5人全員が決めた。その年のACLではベスト16でFCソウルとPK戦にもつれ込み、自身が5人目のキッカーとして挑んで失敗した上で、シュートは止められずに敗戦を喫していた。そうした思いと、チームが準々決勝と準決勝を西川ら代表選手が不在のなかで勝ち進んだことへの感謝が、忘れられない試合にしたのだという。優勝した後のピッチでは、西川と大谷に加えて第3GKの岩舘直と土田尚史GKコーチが肩を組んでいる姿もあった。

 これで西川のJ1通算出場試合数は、20位タイとなった。それでも、西川にはとてつもなく先に目標とする存在がいる。尊敬するGKと明言し続けている楢崎だ。以前、名古屋と対戦した際に、試合後に写真を撮ってもらったことを明かし「試合よりも緊張した」と話した先輩は、西川より10年早くデビューして631試合に出場してきている。リーグは年間34試合、231試合に出場するには7シーズンを要するが、現在31歳の年齢を考えれば十分にチャンスのある数字である。

「ナラさんの試合数は努力しなければ成し遂げられない。できるだけ良い経験や嬉しい経験ができるように、感謝を忘れずにやっていきたい」

 節目の試合に0-1で敗れ、自らの記録を勝利で飾ることはできなかった。それでも、積み上げてきた数字は決して色あせるものではない。“ステイ・ポジティブ”という言葉を絵に描いたような笑顔の守護神は、目標とする先輩GKに少しでも近づくため、前に進み続けるつもりだ。

轡田哲朗 / Tetsuro Kutsuwada

最終更新:4/29(日) 11:46
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