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『レディ・プレイヤー1』は見る「LOVE PHANTOM」? 完璧を求めてしまう夢の映画

4/30(月) 10:01配信

リアルサウンド

 B'zの代表曲「LOVE PHANTOM」は、失恋の歌である。ある男が理想的な女と出会う。しかし、なまじ自分の理想通りだったせいで、男は女に更なる理想を求め、やがて男の想いは女の重荷となり、恋は終わる。そして男は彼女ではなく “完璧な愛の幻想”を追っていたと気づくのだった……。『レディ・プレイヤー1』(18年)鑑賞後、私は「LOVE PHANTOM」に行きついた。

『レディ・プレイヤー1』場面写真

 生きる伝説スティーヴン・スピルバーグが手掛けた本作は、「映画の世界に飛び込もう!」を地で行くもの。物語の舞台は超巨大仮想現実空間「オアシス」。そこでは好きな現実とは異なる姿、いわゆるアバターで生きることができる。そしてオアシスの開発者が「三つの試練をクリアした者に、56兆円の遺産と、この世界の所有権を譲る」と遺言を残したことにより、ゲーマーたちの熾烈な戦いが幕を開ける。仮想現実空間という設定を最大限に活かし、本作には“現実”の人気キャラクターが多数参戦している。キティちゃんやロボコップがその辺を歩き、ガンダムが戦う横で、アイアン・ジャイアントが戦う。いわゆる大人の事情が一目で吹き飛ぶシーンが連発する。それは普段から「もしケンシロウがデス・スターに入り込んだら?」と空想する私には、夢そのもの。そして同時に、強烈に妄想を刺激される光景だった。こういう世界が実在したら、自分ならどうする? 何のアバターで行く? やっぱり『丑三つの村』(83年)アバターか? 絶対に見ることはないと思っていた光景を、実際に見てしまった。まさに夢を見ているような幸せな時間だ。

 その一方で、冷静になる部分もあった。特に劇中の「現実」での物語には乗り切れなかった。広大なスラム街のビジュアルは見事だったが、主人公たちの物語に注目すると、納得のいかない部分が多いように思う。特に結末の画は決定的だ。語られるメッセージは良いとして、あの画には鬱屈した感情を覚えた。しかし、それから数日間、私は考えに考えていた。理想の映画だったのに、なぜ最後にあんなことに? 何か意図があるのでは? スピルバーグとの一方通行な心理戦を『喧嘩稼業』くらい繰り広げ、やがて気がついた。なぜ私はここまで必死に『レディ・プレイヤー1』の全てを好きになろうとしているのか? なぜ私にとって完璧な映画になってほしいと、ここまで強く願っているのか? そして思い至ったのが「LOVE PHANTOM」である。

 『レディ・プレイヤー1』は夢の映画だ。しかし、それゆえに自分の理想との些細なズレに目が行ってしまう映画でもある。あまりにも常識外れすぎて、普段なら「映画って、こういうものよね」と無意識に納得する部分にすら、「ここまで出来るなら、もっと出来るのでは?」と、さらなる完璧を求めてしまうのだ。いわば見る「LOVE PHANTOM」である。

 この映画は未だかつてない映画だ。まだ誰も見たことがない“完璧な映画の幻”を見せるようなパワーがある。御年71歳にして、再び観客の常識を打ち破ったスピルバーグ。そして、この常識破りな映画をどう受け止めるか苦悩する私に、そっと道を教えてくれたB’zのお2人。それぞれに感謝を込めて、筆を置くことにする。

加藤よしき

最終更新:4/30(月) 10:01
リアルサウンド