ここから本文です

ラップ、暴力、人種差別……川崎に生きる若者たち

5/13(日) 12:12配信

Wedge

 「川崎区の臨海部で起きていることは、今後の日本で起きることを象徴している」。そう語るのは『ルポ 川崎』(サイゾー)が大反響を呼んでいる、音楽ライターの磯部涼氏。現在、日本のヒップホップシーンで一大旋風を巻き起こしている川崎区出身のBAD HOPを中心に、川崎で生きる若者たちの証言を綴った同書では、我々の想像をはるかに超えるエピソードが多々登場する。磯部氏に川崎のリアル、地域コミュニティが機能し多文化共生が進んでいる理由などを中心に話を聞いた。

――昨年12月に出版され現在は6刷り。これだけ売れた理由をどう分析されていますか?

磯部:川崎市の人口は2017年に150万人を越えました。都道府県庁所在地を除いた政令指定都市では最も多い。北部はいわゆるベッド・タウンで、近年は中部・中原区の武蔵小杉駅周辺も開発が進み、タワーマンションが次々と建設されている。映画『シン・ゴジラ』でゴジラが襲来したことが象徴するように、いま最も注目を集めている地域です。また、南部・川崎区の川崎駅周辺もラゾーナ川崎を始めとした商業施設が賑わっている。

 しかし、その川崎駅から程近い場所で、15年に中1男子生徒殺害事件や11人が死亡した簡易宿泊所火災が起き、ネットでは無法組織・イスラム国に重ね合わせて「川崎国」などと揶揄されるようになります。

 このように相反するイメージを持つ川崎とは一体どんな街なのか気になった、というのが多くの人に手にとってもらった理由かなと思います。

――今回の本では、特に川崎区の臨海部に焦点を当てています。どんな場所なのでしょうか?

磯部:川崎区臨海部は京浜工場地帯の要です。戦前から高度経済成長期にかけて、そこで働くため全国各地よりたくさんの労働者が集まってきました。

 また、その中には在日コリアンもいて、彼らがコミュニティを形成したのがおおひん地区と括られる、桜本、大島、浜町、池上町の辺りです。あるいは、住民は長い間、公害に苦しめられてきました。

 駅前に目を向けると、繁華街では工場労働者のために「飲む、打つ、買う」といった業種が発展、そこを仕切るために暴力団の力が強くなったという側面もあります。そして、現在では日本の発展を支えた労働者も高齢化が進み、生活保護を受けて簡易宿泊所に寝泊まりしている人も多い。

 この本の感想として、時折、「川崎の極端な面ばかり取り上げている」という意見を頂戴します。確かに、武蔵小杉やラゾーナのイメージが念頭にある人にはそう思えるのかもしれません。ただ、ある世代の人には川崎というと「公害」「ヤクザ」「ホームレス」というイメージが強くて、それが近年の再開発で覆い隠されているというのが現実です。中1男子生徒殺害事件や簡易宿泊所火災は言わばその現実が露呈したものだと言えるでしょう。

――本書を読んでいると、過酷な生活環境だけではなく、日常的に小学生からタバコを、中学生くらいでお酒を飲んでいたりとびっくりする証言が多いですね。

磯部:川崎区臨海部で多くの不良少年や元・不良少年に取材をして印象的だったのは、「大人」になるのが早いということでした。例えば、ある不良少年たちは中学生になった途端、先輩からカンパと称した上納金を収めるように強いられる。それだけだとよく聞く話のようにも思えますが、彼らの場合、取り立てが強烈で、仕方がなくひったくりや強盗で資金を賄うようになります。罪を重ね、一斉逮捕されたのはまだ中学三年生の時でした。

 あるいは、いわゆる中卒が多いことも考えさせられました。定時制や通信制の高校へ進学する子もいますが、大体、数カ月で辞めてしまう。もちろん、なかにはそういった環境から抜け出したくて進学校を目指す子どももいます。例えば、この本にも登場するラッパーのFUNIさん。彼は臨海部の桜本という、もともとは在日コリアンの集住地域だった場所で生まれ育ち、6歳の時に大師町へ引っ越します。桜本とは1キロ程しか離れていませんが、彼の言葉を借りると「プールがガクンと深くなるみたいに疎外感が強くなった」。学校で在日コリアンは彼しかいなかったのです。さらに、中学を卒業して北部の進学校へ越境するようになると、友人たちが勉強や部活に専念していて驚いたと言います。彼の実家は潰れそうな町工場を何とか営み、周りはそこにシンナーの一斗缶を貰いにくるような不良ばかりだったため、その時、自分が育った環境は特殊だったんだと改めて知ったと語ってくれました。

 また、先程の不良少年たちのひとりは、中3で2度目の逮捕、医療少年院に送られた際、カウンセラーから「本当に偏った世界で生きてきたんだね。おかしいということに早く気づいたほうがいい。洗脳されてるのに近い状態だ」と言われたそうです。

――そういった環境で育ち、高校へ進学しない若者たちは、その後どんな仕事に就くのですか?

磯部:美容師になりたくて、三者面談で専門学校の話をしたら、職人の父親から「お前はウチで働くんだからダメだ」と言われた子もいました。上下関係の中で自然と職人をやるようになるケースは多いですね。暴力団が身近な土地なので、小学生の時、「将来の夢は?」と訊かれて「ヤクザ」と答えた子もいましたし、本には「中学に入ってからも、暴走族をやって、そうしたら、次はそっち(暴力団)でしょうっていう。普通に育ったヤツが普通に高校に行くのと同じ感覚」という発言も出てきます。

――一部の子どもたちにとって、職人か暴力団員かという少ない選択肢しかないわけですね。その他の選択肢を示せるロールモデルとなるような大人がいないのでしょうか?

磯部:この本の感想として、「過酷な環境の中でも真面目に生きている子どもだっているじゃないか」という意見もあります。確かにその通りです。対して、件の先輩から上納金を取り立てられていた元・不良少年たちは「まともな大人と話す機会がなかったんで。川崎の大人に相談しても、『やっちゃえばいいじゃん』みたいなことしか言わないから」「昔は大人が嫌いでしたもん。先生に相談しても無視だし。警察に被害届出しに行ったら、その後、ヤクザに絡まれて。『お前、うたった(密告した)ろ? そこ(警察と暴力団)つながってねぇわけねぇじゃん』って」と振り返ります。

 しかし、彼らは、現在、BAD HOPというラップ・グループとして成功を収めています。過酷な環境で生まれ育ち、不良になり、アウトローの道を歩んでいましたが、その途中でラップという表現手段を手にしたことによって、これまでの経験を歌い、アートへと昇華出来た。そして、川崎区の不良少年たちが彼らに憧れて続々とラップを始めるようになります。BAD HOPのリーダーである双子の兄弟、T-PablowとYZERRは「川崎のこのひどい環境から抜け出す手段は、これまで、ヤクザになるか、職人になるか、捕まるかしかなかった。そこにもうひとつ、ラッパーになるっていう選択肢をつくれたかな」と自負していました。

――BAD HOPが新たなロールモデルを示したわけですね。

磯部:T-PablowとYZERRは95年生まれ。かつては川崎区で有名な不良少年で、自分たちでも「オレらと同世代とか下の世代とかでやんちゃなヤツは、もともと、オレらの名前は知ってたと思うんですよ。そのへんはオレらが仕切ってたんで」と言っています。ノンフィクション作家の石井光太さんも中一男子生徒殺害事件を追った『43回の殺意』(双葉社)において、彼らが地元で「悪名を轟かせていた」と書いているように、それは自他ともに認めるところです。

 そして、T-Pablowが「高校生RAP選手権」というフリースタイル(即興)のラップで対戦するテレビ番組の企画において優勝したことをきっかけに、悪さではなくラップで川崎区の若者たちを先導するようになった。取材で同地を歩き回っていた際、公園でサイファー(編注:フリースタイルをリレー形式で行うこと)をしている中高生に頻繁に出会いました。iPhoneからYoutubeでビートを流して、延々とラップをしているんです。中一男子生徒殺害事件の後、被害者の友人たちがラップで追悼をする動画がニュースで流れて話題になっていましたが、川崎区ではそのような光景はそんなに奇抜なものではないんですね。

――女の子もサイファーに参加しているんですか?

磯部:女の子はラップよりもダンスをやっている子が多いですかね。iPhoneからお気に入りの日本のラップ・ミュージックを次々にかけて、解説してくれた子もいました。ラップ、ヒップホップというと馴染みが薄い方も多いでしょうが、彼ら彼女らにとっては本当に身近なものという感じです。

――BAD HOPの「stay」や、T-PablowとYZERRのユニット、2Winの「PAIN AWAY」という曲にしても彼らの生い立ちの壮絶さをラップしています。2000年代以降、彼らだけではなく自身の生い立ちやハスリング(麻薬の売買など違法行為でお金を稼ぐこと)をテーマにした曲が増えてきました。この背景とは?

磯部:ヒップホップは70年代にニューヨークで立ち上がった文化で、80年代に入って日本でも日本語でラップを試みる人たちが現れるのですが、当初は海外の最先端の文化に詳しい、いわゆる文化資本が豊かな人たちが中心でした。しばらくして、不良少年たちもラップを始めますが、それもチーマーと呼ばれた、都内の私立高校に通って渋谷で遊ぶような都会的な若者たちだった。

 ただ、90年代も後半になると、ラッパーたちは日本のラップ・ミュージックをもっと広く伝えていくことに意識的になります。例えば、99年にヒットしたDragon Ashの「Grateful Days」という曲があります。そこで客演のZEEBRAがラップした「俺は東京生まれHIP HOP育ち/悪そうな奴らは大体友だち」という歌詞は知っている人も多いでしょう。彼もまた、もともとは港区出身の洒落た不良少年で、Bボーイとかヘッズとか呼ばれた「最先端の文化に詳しい」「文化資本が豊かな」若者たちに向けてラップをしていましたが、そこでは「悪そうな奴らは大体友だち」、つまり、「悪そうだったら仲間だ」と、言わば射程範囲を広げたんですね。

 実際、この頃から日本のラップ・ミュージックは郊外や地方の不良少年にも浸透していきます。例えば、81年生まれで、京都伏見区の向島ニュータウンという貧困家庭が多い団地で育ったANARCHYは、少年院のテレビでZEEBRAがラップをしているのを観て、本格的にラップを始めたといいます。あるいは、YZERRも同じように少年院のテレビでZEEBRAを観て刺激を受けたそうです。ZEEBRAは日本のラップ・ミュージックと不良少年の関係を考える上ですごく重要なんですね。

――ちょうど年越し派遣村を始め、貧困が社会問題化する時期と近いですね。

磯部:年越し派遣村では、発起人の湯浅誠さんが日本の新たな貧困問題を可視化することで議論の俎上に乗せた。それまでも日本には貧困問題は存在していたのに、半ば隠蔽されていたわけです。ラップも00年代の日本において、そういう状況にあった人々の声なき声を大きな音で鳴らす役割を果たしたと思います。BAD HOPもラップが好きだからやっているだけだと言うでしょうが、図らずも川崎の貧困や暴力の問題を広く知らしめることになった。

――彼らに憧れることで、道を踏み外さずにいる若者がいます。他に不良の子どもたちを更生させようとする動きはあるのでしょうか?

磯部:川崎は問題が多いからこそ、社会運動も盛んに行われてきました。

 例えば、差別問題。桜本にある川崎教会の初代牧師・李仁夏(イ・インハ)さんは、娘を幼稚園に預けようとした際、在日コリアンの子どもは預かることが出来ないと拒否された苦い経験を経て、69年に桜本保育園を開設しました。ただし、そこで重要なのは、新しい保育園では在日コリアンの子どもだけではなく、地元の共働き世帯全てへ門戸を開いたことです。それが、川崎における多文化共生の原点のひとつになっていると言ってもいいでしょう。その後、李さんが理事を務めた社会福祉法人・青丘舎は、桜本に社会教育館と児童館の統合施設・ふれあい館を設立します。ここは、様々なルーツを持っていたり、問題を抱えた子どもたちの拠り所となっています。

 近年、ヘイト・スピーチに対抗するアクティヴィズムが注目されていて、後者はある意味で旧来的な左翼運動への「カウンター」という側面もあると言われていますが、桜本ではヘイト・デモの標的になった際、新興団体のC.R.A.C. KAWASAKIと、青丘舎の人たちが自然と協力していたのが印象的でした。川崎では脈々と反差別運動が行われているんですね。

――本書を読んでいると、社会運動だけでなく、人々の助け合いであったりと臨海部には、現在は多くの場所で機能していないと言われている地域コミュニティが非常に機能していると感じました。これはどうしてでしょうか?

磯部:外国人市民に関して言うと、彼らが集住という形を取るのは、不慣れな「外国」ではやはり同胞が頼りになるからです。そもそも、川崎区には古くから工場地帯として様々な場所から労働者を受け入れ、共生してきた歴史があります。近年は臨海部も他の土地と同様、地域コミュニティが弱体化しつつあるとは思いますが、それでも、ふれあい館のように歴史を継承してソーシャルワークに取り組んでいる人は多いと思います。

――そのなかで、学校などで海外にルーツを持つ子どもに対する差別はないのですか?

磯部:当然、あります。ただ、現在、日本で問題になっているヘイト・スピーチは、「外国人」と交流がないからこそ起こっているという側面もあると思うんですよね。

――身近にいない、接していないからこそ、彼らに対し不安を抱いている。

磯部:そうですね。一方、臨海部ではクラスメイトに、海外にルーツを持っている子どもがいることは珍しいことではないですから。さらに、近年は異なったルーツを持つ人たちが結婚して、子どもをもうけたりすることも増えている。

――まさにグローバル化が進んでいるとも言えますね。グローバル化がさらに進み、日本も移民社会になるのではないかと言われています。川崎を通して感じる多文化共生社会の問題点は?

磯部:本書でふれあい館の職員の鈴木健さんが語っているのは、日本語が話せない子どもたちの問題です。フィリピンから働きにやってきた女性が、川崎で生活の基盤を築いたので、本国に残してきた子どもを呼び寄せる。ただ、子どもの方はいきなり友達もいない、言葉も分からない環境に放り込まれるので落ち込んだり、中には非行に走ってしまうケースもある。暴力団がそういった子どもの受け皿になってしまったこともあります。あるいは、工場で働くとあまり日本語を使わなくても済むので、プライベートでも同胞とばかりつるんで、地域社会にほとんど溶け込めなかったり。ただ、そのまま成長していくと生き方が限られてしまうので、ふれあい館では日本語学習サポートも積極的に行っているわけです。

――日本のブラジルとも言われる群馬県の大泉に行ったことがあるのですが、そこでは八百屋の品物にポルトガル語表記がありました。

磯部:川崎市のホームページには「がいこくじんのかたへ」というコーナーが分かりやすく表示されていますが、そこでは漢字はもちろん、カタカナにもフリガナが振ってあります。お母さんは日本語をあまり喋ることが出来なくて、日本で生まれた子どもは逆にお母さんの国の言葉が分からないので、親子で断絶が生まれてしまうというケースも問題になっています。

――貧困地区を訪れるスラム・ツーリズムという言葉があります。これについてはどう考えていますか?

磯部:本書の中でも論じていますが、スラム・ツーリズムが一概に悪いとは言えません。地元が主宰しているケースもありますし、それを通して問題意識を深めてもらうことも出来るでしょう。外からの興味本位の視線を内面化し、アイデンティティを形成している地元の子どもも多いという複雑な問題もあります。ただ、スラム・ツーリズムの対象となるのは実際に人が生活している場所です。勝手に写真を取ってネットにアップするような一方的な暴力は、当然、許されるわけはありません。

――最低限のマナーを守ることが大事だと。オススメの場所はありますか?

磯部:川崎の工場地帯は工場好きの人たちに人気で、既に観光地化しています。川崎駅前でタクシーを拾えば、運転手さんたちは慣れたもので、お薦めのルートを案内してくれるでしょう。

 あるいは、臨海部を訪れてみたい人はご飯を食べに行くと良いと思います。もともとは在日コリアンの集住地域だったので、美味しい焼肉屋さんもたくさんありますし、中華料理やペルー料理など様々な国の料理を楽しめます。地元の若者がソウルフードと呼ぶニュータンタンメンも是非。

――6刷りまで売れて反響も大きいと思います。

磯部:賛否両論あります。地元の方の感想でも「よくぞ書いてくれた」「問題提起してくれた」というものもあれば、最初の方で言ったように「川崎の極端な面ばかり取り上げている」「何故、悪い面ばかり書くのか」というものもあります。取材を始めた当初、BAD HOPのメンバーは「川崎のことなんか書いて本になりますかね?」「オレたちにとっては当たり前のことだし」と言っていました。ただ、彼らに対しても反響が大きかったらしく、川崎の話を皆が知りたがっていることに驚いていました。

 確かに、川崎の臨海部という非常に狭い地域の中でも、さらに、過酷な状況にいる人々について書いた本ではあります。ただ、それが象徴性を帯びるようにはしたつもりです。ここで起きていることは極端に思えるかもしれませんが、日本全国で起きていること、あるいは将来起きるであろうことを象徴しているのではないかと。川崎で起きている子どもや移民の問題は、自分たちの身近にはない問題だからと切り捨てられる話ではありません。だからこそ、いろいろな方に手にとってもらえると嬉しいですね。

本多カツヒロ (ライター)

最終更新:5/13(日) 12:12
Wedge

記事提供社からのご案内(外部サイト)

月刊Wedge

株式会社ウェッジ

2018年7月号
6月20日発売

定価500円(税込)

特集1 個人情報ビジネスの功罪
特集2 再エネ「主力電源化」に立ちはだかるハードル
・公文書の管理・公開制度を見直し公益を守れ
・地域金融の挑戦 @飛騨高山

あわせて読みたい