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お母さんはなんでいつも自分を後回しにするんだろう。

5/17(木) 17:00配信

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■毎朝仏壇のお供えのご飯を食べていた母

〈連載「母への詫び状」第十六回〉

 仏壇にお供えしてあるご飯を見ると、母を思い出す。

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 子供の頃は、いつもこれが不思議だった。誰も食べる人がいない仏壇に、毎朝、炊きたての御飯を小さな器によそって供える。そして前の日に供えた分は、もう冷たくなって、カピカピに乾いているのに、それを母が朝ご飯に食べる。

 昔は電子レンジどころか、保温機能つき炊飯ジャーなどという文明の利器もなかったから、残りご飯はいつも冷たかった。家族には炊きたての温かいご飯を出して、自分は冷たくなった残りご飯を食べる。役目を終えたカピカピの仏壇のご飯も一緒に。

 うちだけでなく、たぶん昭和の多くの家庭で、母親はそうやって残りご飯を食べる役割を引き受けていた。

 父はときどき「おまえもあったかいご飯を食べればいい」と、母に諭すように話していたが、母は黙ったまま習慣を変えようとしなかった。ご飯を捨てるなんてもったいない、だったら私が食べるしかない、食べればいい。そんな感覚だったのだろうか。

■自分のことは後回しにして、家族を優先していた母

 保温炊飯器や電子レンジの普及は、おかあさんが冷たい残りご飯を食べなくても良くなったというだけで、毎朝の食卓に多大な変化と小さな温もりをもたらした。調べてみたら、日本初の保温炊飯器の発売は1972年だという。

 自分のことは後回しにして、家族のことを優先する。

 母が病気になったときも、そうだった。母は自分の具合が悪いことを自覚していたはずなのに、認知症の父の世話を優先して、病院へ行くのが遅れた。

 始まりは、昼間にかかってきた一本の電話だった。ぼくがまだ東京にいた頃だ。

 「忙しいときに悪いねえ。ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかね……」

 普段、母から電話があるのはいつも夜だったから、おそらく、いい話ではないのだろうと察知した。

「おとうちゃんの調子が良くなくてね。この前も飲み会の後、自分の家がわからなくなって、大騒ぎになってしまって……」

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