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ドローンを飛ばしてみたら「卑弥呼の墓」を見つけたよ

5/23(水) 7:05配信

FRIDAY

「いや~、驚きましたよ。グーグルアースで地元の地形を調べていると偶然、前方後円墳のような巨大な丘を発見したんです。これは明らかに人工物で、墓に違いないと思いました。しかも計測してみると、後円部の直径は150mもある。これだけ巨大な墓を作れる古代の権力者は、そうそういません。土地の所有者に話を聞くと、もともとは森だった場所ですが、昔から山神様が住む神聖な土地として崇められていた。祭祀用と思われる土器も、たくさん出土しているそうです」

 こう語るのは、福岡県田川郡に住み地元の歴史研究会に所属する男性だ。

 情報を得た本誌がドローンを飛ばし撮影すると、確かに前方後円墳のようなモノが写っている(左上の写真の点線内部分)。この古墳が、「邪馬台国」の女王・卑弥呼の墓の可能性が高いというのだ――。

 邪馬台国は3世紀に存在した国内最大規模の王国で、卑弥呼が統治したとされる。場所については畿内説と九州説がある。前出の男性の話を聞きつけ田川で調査を始めた、『真実の仁徳天皇 倭歌が解き明かす古代史』などの著書がある福永晋三氏は、九州説の優位性を説く。

「中国の正史『魏志倭人伝』には、卑弥呼の墓は直径百歩余(約150m)という記述がありますが、田川の古墳はそれと一致する。『日本書紀』によると、卑弥呼の夫だった大物主神(おおものぬしのかみ)は『三輪山』という山に祭られたそうです。田川の墓の近くには、上から見ると三つの輪を描いたような山々があります。また『万葉集』では三輪山の岳の一つは『白妙(しろたえ)の衣干したり』と詠(よ)まれていますが、田川の山の一つは石灰岩でできていて山頂付近が白く見えるんです。一方、畿内説で卑弥呼の墓とされる箸墓(はしはか)古墳は記述と一致しない。後円部の直径こそ150mほどありますが、近辺に三つの山や山頂が白く見える丘がありません。卑弥呼が祭祀に使ったとされる青銅器も、出土していないんですよ」

『邪馬壱国(やまたこく)の歴史』の著者で坂田隆氏(日本語学・古代史学研究者)が指摘する。

「『魏志倭人伝』では、中国の使者は福岡県北部の岡垣町あたりに上陸した後、東南に数日歩き邪馬台国の政庁に着いたとされます。田川はその記述に合う場所です。政庁近くには王の墓がある。田川に巨大な前方後円墳があるとしたら、卑弥呼の墓の可能性は高いでしょう」

 地元の「卑弥呼フィーバー」は、盛り上がりをみせている。3月21日に前出の福永氏が田川で開いた「古代田川の隠された歴史」というフォーラムには、500人以上の歴史ファンが集まった。

 新発見の古墳を本格調査すれば、歴史の大論争に決着がつくかもしれない。

最終更新:5/23(水) 7:05
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