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パソコン通信“最後のホスト”「死ぬまで続ける」と語る理由

5/28(月) 7:00配信

文春オンライン

 インターネットが普及する前、テキストでの通信手段といえばパソコン通信だった。

 それはネットのようにすべてがつながった世界ではなく、原則一つのホストコンピュータに会員のみがアクセスしてコンピュータやスポーツ・音楽などの趣味に関しての情報交換を楽しむ、ちょっと秘密の世界だった。

【写真】パソコン通信時代のアスキーアート

パソコン通信は死んでいなかった!

 しかしインターネットが爆発的に広まると衰退。商用大手としては最後まで残っていた「ニフティサーブ」が2006年3月で全サービスを終了し、ここで世間的にはパソコン通信は終わった。

 しかし実はその後もパソコン通信は生き長らえていた。

 当時は大手サービスと同様に、個人的にホストを立てていた「草の根BBS」と呼ばれた小規模のパソコン通信が全国各地にあった。最盛期の数は2400以上とも言われ、こちらもネットの普及で大きく数を減らしたが、細々と生き残ったのだ。

残り5つほどの現役ホスト

 いまでは現役のホストは5つ程度、さすがに電話回線を使った方式は姿を消し、「Telnet」というインターネット回線を使った方式が中心となった。これは現在のWindows10などにも搭載されており、設定すれば使用できる。

 今回は貴重な現役ホストにアクセスし、運営者たちの話を聞いた。

最後のホストの一人は、48歳銀行員

「いま私以外のアクセスはまったくないので0です。私の独り言の場です。最盛期は日に10人くらいアクセスしてくれていたと思いますが……」

 そう吐露してくれたのは、老舗のパソコン通信「西和ネット(旧:MYSTIQUE)」( http://jp3tlc.dip.jp/com/index.shtml#LINKS )のSYSOP(システムオペレーターの略で、パソコン通信の管理者)である山田和弘さん。48歳の銀行員だ。

「パソ通全盛のときは学生で、なかなか長時間回線をつなげませんでした。お金を節約するため、電話回線では無く、アマチュア無線で無料でつないでいたこともあります。そのため、ホストには憧れていて」

 ようやくパソ通ホストになれたのが93~94年ごろ。すでにブームは終わりかけの時期だった。

「クラシックカーに憧れるようなもので、いまとなっては性能が低くても、それに乗りたいのと同じです。パソコン通信ホストになって、学生のときの夢を叶えたかったんです」

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最終更新:5/28(月) 15:21
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