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50年前の日大闘争に怒り再燃 「相撲部員だった田中英寿理事長に押さえつけられた!」〈dot.〉

6/14(木) 12:32配信

AERA dot.

 6月10日、東京・お茶の水で「日大全共闘結成50周年の集い」が行われ、元日大全共闘のメンバー約100人に加えて、他大学の活動家(当時)など関係者20人が集まった。日大全共闘の正式名称は「日本大学全学共闘会議」。つまりこの集いは、日大全共闘の「同窓会」である。 

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 1968年、日大は東京国税局から脱税を摘発され、約20億円もの巨額な使途不明金が発覚。これに怒った学生は大学に抗議したが、大学側は警視庁機動隊を導入して学生を厳しく取り締まるようになった。この間に日大全共闘が結成され、やがて各学部の校舎をバリケード封鎖することになる。

 日大全共闘は大学側に古田重二良会頭(当時のトップ)など全理事の退陣、経理の全面公開、不当処分白紙撤回、集会の自由――などを求めて徹底抗戦した。「日大闘争」と呼ばれており、多くの逮捕者を出した。また、右翼団体や体育会、機動隊との衝突で死傷者まで出すことになった。

「日大全共闘結成50周年の集い」の主催者は元日大全共闘の有志がつくった「日大930の会」である。930とは、1968年9月30日に日大全共闘と古田会頭が交渉し、日大全共闘側の要求が通った日にちなむ。

 同窓会は、今年、日大全共闘結成50年を迎えるのを機に半年以上前から計画されていた。「日大アメフト部問題」が起こってから、急きょ開かれたわけではない。

 しかし、元日大全共闘は今回の問題について、1968年の使途不明金問題と重ね合わせていた。メンバーの一人はこう演説する。

「日大の学生を押さえつけるために暴行した側には当時、相撲部員だった田中英寿・現日大理事長がおり、わたしたちと無関係ではありません。50年間、日大の対応は何も変わっていない。わたしたちはいまの学生や教職員とともに闘っていきたい」

 この日、元日大全共闘は理工学部近くの錦華公園(東京都千代田区)に集合。そのあと、約200メートル離れたYMCAアジア青少年センターで同窓会が行われた。

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最終更新:6/14(木) 16:09
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