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「丁寧な暮らし」の正義と呪縛 何が豊かな人生か

6/14(木) 5:00配信

日経ウーマンオンライン(日経ウーマン)

 我ながら雑な人間なもので、丁寧な暮らしをしている人に憧れがあります。

 例えば、毎年この時期になると梅酒を漬けている、とか。植物の命を最後まで慈しんであげられるように、庭で育てている草花をドライフラワーにしてリースに仕立てているとか。趣味はパン作りで、毎朝焼き上がったばかりのパンの香りが幸せよ、とか。

【関連画像】「今日はプロジェクトの打ち上げ! 今ごろわが家では、家事代行のスタッフが私のベッドシーツを洗ってくれているはずです」  (C)PIXTA

 それらの言葉には、この原稿をパソコンでポチポチと書きながらコンビニのぶっかけうどんをすする口と手を一旦止めて、人生から考え直してしまうくらいの浸透力があります。

●「私、丁寧じゃないダメ女です」という自虐

 ぶっかけうどんをすするのを一旦止めて人生から考え直しかけた私ですが、2秒で食事に戻りました。やっぱり梅酒は飲むけれど漬けませんし、そもそも庭で花を育てていないし、そういえば朝はご飯派です。

 できないものはできない。というより、しないものはしない。私の信条は「それが得意かどうかは、継続した日々が最も直接的に証明する」――つまり、続かないことは得意じゃない(から、諦めよう)。裏返すと、続いているということはすなわち「得意」「向いている」という証拠なのではないでしょうか。ということは、焼きたてのパンの香りよりも私にはコンビニのぶっかけうどんのねぎとだしの香りが向いている。

 憧れとは、手が届かないからこそ生まれる感情なのです。

 でも、気になってしまうのは、そういう「丁寧な暮らし」には有無をいわさぬ正義があるところ。

 だって、きっとその手作り梅酒やパンはおいしいのでしょうし、仮においしくなくったって、自分で材料を吟味して体に悪いものを使わずに時間をかけてもの作りをするという崇高さに、誰も異論を挟めません。そう、草花のいのちだとか心だとか、なんだか「崇高」なワールドなのです。崇高はずるい。

 だからその大正義たる崇高さを前に、私を含む雑な人々は「全然、丁寧な暮らしとかできなくて……。ダメ女なんです……」と自虐に及ぶしかありません。そして自虐が成立するのは、間違いなく私たちの社会に、「丁寧な暮らしはよいことで、雑な暮らしはダメなこと」というお約束、前提があるからです。

●家事代行への心理的プレッシャーの正体

 女性活躍推進の追い風が吹く2010年代、共働き世帯や忙しく働く単身者、そして急増するシニア世帯の暮らしを支える家事代行業は一大成長産業で、大小さまざまな企業が参入しました。

 利用者の増加とともに料金レートもこなれ、今では決してぜいたく過ぎるといわないほどに、一般の家庭にも普及しています。日本人スタッフによる掃除や料理などの家事代行サービスはもちろんのこと、東南アジア系のスタッフによる家事代行もビジネスとして頭角を現しています。

 6月5日に発表された政府の「骨太の方針」原案では、外国人労働者の受け入れを農業、介護、建設、宿泊、造船の5業種の単純労働にも拡大し、50万人増を見込むとのこと。介護分野は特に人手不足が叫ばれる分野でもありますから、少子高齢化社会の日本では、お金を払って家庭の中に家族以外の業者さんを呼び入れ、家事や介護を手伝ってもらう、アウトソースするという消費形態が今後スタンダード化するのは避けられないことでしょう。

 ただ、今まさに家事代行が必要な、小さい子どものいる家庭やシニア世帯からは「『自分で頑張ればなんとかできなくもない」ことにお金を払って人にお願いしていいのか」とためらう声も聞こえます。

 自分の家に他人を入れることに抵抗がある、という気持ちも少なからずあるようですが、それ以上に「そこまでして人にやってもらうなんて、自分は怠けているのではないか」という、先ほどの「丁寧な暮らし」プレッシャーに近い感情がジワリと生まれてしまうようなのです。

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