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スズキはロータリーエンジンの2輪車を市販していたのをご存知ですか?【RE追っかけ記-12】

6/29(金) 6:30配信

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ヴァンケルREの特許共同所有社であったNSUは、第2次大戦後、世界最大のモーターサイクルメーカーとなりました。1950年代2輪ロードレース世界チャンピオンシップは、4クラス(その後50ccが加わり5クラス)でしたが、NSUは250ccと125ccを制覇しました。NSUのオペル技術者出身フォン・ハイデカンプ社長は、GPの功成れりと、2輪世界速度記録樹立に転じます。最初の50cc2ストロークに用いたのがフェリックス・ヴァンケルのロータリー・スーパーチャージャーでした。これが、NSUとヴァンケルの繋がりとなります。

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NSUは、戦前自動車メーカーでした。フォン・ハイデカンプは、2輪から撤退し、小型、そして中型乗用車メーカーに徹します。2輪の市場、そしてGPレースは、ホンダが王座に登り、2、4輪併行展開するのはご存知の通り。ホンダ以外の日本2輪メーカー3社、スズキ、ヤマハ、カワサキはヴァンケルREライセンスを取得し、開発にかかります。

結局、生産、販売したのはスズキだけでした。欧米専用、それもアメリカ優先でした。日本の発表イベントの記憶はなく、RE5の取材は日英両語デザイン誌CAR STYLING対象でしたので主にデザイン。試乗は後日のカリフォルニアとなりました。

REは、基本的構造は通常往復ピストンに比べ、簡潔なはずです。コンセプト・スケッチ、レンダリングを見ると、ジウジアーロは、シンプル&クリーンなスポーティ(ギンギンではなく)バイクを意図したのではないかと推測します。エンジンは水冷1ローター、単室容積497cc、気化器仕様で、エクセントリックシャフト(クランクシャフトに相当)を横置きし、5速トランスミッションを介し後輪をチェーン駆動します。

RE5はローターハウジング冷却の大きなラジエーターを備えます。スズキは、マツダの乗用車REのサイド吸入方式に対し、ローターハウジング周辺位置、「ペリフェラル」あるいは「ペリ」・ポートを選びます。独NSU、メルセデス自動車REもこの吸入方式です。スズキは、低中速柔軟性を確保すべく、たいへん複雑な気化器・吸気システムを採用しました。

また、高温排気の温度を下げるため、左右2本の排気マフラーに分け、エンジン直後マニフォールドはフィンつきです。

かくして、シンプルな筈のREも、かなりかさばり、また重くなりました。乾燥重量230kgは、先行発売していたスズキGT750(2ストローク、水冷並列3気筒750ccの219kgより重く、最高出力はGT750の50 kWに対し46kWにとどました。

スーパーバイクというより、異色のツアリングバイクだったのです。
マエストロと呼ばれるジウジアーロのアイデアでも、スズキのデザイナーたちは、エンジンはともかく、補機類詰め込みには苦労したことでしょう。

外観は、独特エンジン造形とジウジアーロの奇妙な茶筒形計器盤以外は、UJMクリーンアップにとどまったというのが私の感想です。そうそう、ホンダCB750に端を発し、大型バイク市場を活性化し、席巻した日本の750cc車群でしたが、いっぽうで『UJMシンドローム』=『普遍的日本モーターサイクル症候群』なる画一性を批判されたものです

ここで、脱線します。日本のナナハン猛攻にさらされた英欧勢の反撃に触れましょう。BMWは、ノイエクラッセ=新クラス1500セダン、つづく2ドア・「02」シリーズの成功で、急成長メーカーとなります。そこに乗り込んだのが名うてのカーガイでバイク愛好者のオーストリア家系アメリカ人、ボブ・ラッツで2、4輪の商品企画を指揮します。

彼は、その後フォード・ヨーロッパ社長、クライスラー社長、GM副会長を歴任します。自動車では、02に巨大ターボをつけた2002 TURBO、CSを軽量化し大きなウイングをつけた3.0 CSLなるモンスターを放ちます。

これは、1973 年ミュンヘンでラッツに聞いた話です。ラッツ、BMW以前GM期には、ホンダCB750に乗っていたとバイク愛好者です。BMW水平対向2気筒シリーズは、/2と呼ぶ一新型に進化していました。ラッツ御大、2輪開発責任者に問いました。「ウチのバイクは、ドイツシェパードみたいに性能はいいが、外観は無骨だ。デザイナーは誰だ」返事は、「デザイナーはいません。やりたがってウルサイのが一人います」、「すぐ呼べ」現れたのが独フォード出身の若手インテリアデザイナー、ハンス・ムートでした。かくして生まれたのがビキニカウリングとグラデーション塗装のR90S、そして生産車最初のフルカウリングR100RSでした。

英トライアンフの日本車邀撃機はユニークでした。トライアンフ3気筒750ccをアメリカ人後付けカウリング製作者、クレイグ・ヴェッターに委託したのが、「トライアンフ・ハリケーン」で、ヴェッターはチョッパー的ネイキド・デザインを提案、限定生産します。

さて、GT750、RE5で苦労したスズキ逆襲の助っ人は、独立していたハンス・ムート。スズキ・“カタナ”が切り込みます。(つづく)

(山口 京一)

最終更新:6/29(金) 6:30
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