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W杯で日本代表に足りなかったのは「目線の高さ」だ

7/4(水) 6:00配信

ダイヤモンド・オンライン

 ホームラン王の王貞治選手が現役だった昭和40年代。王シフトというものが生まれた。王選手の打球の9割はライト方向に飛ぶ。そこで、王選手に対して外野手は極端にライト寄りの守備陣形を取った。ライトからセンターの間に外野手3人を配置する。これが王シフトだ。王シフトを敷けば、レフト方向ががら空きになる。だから、王選手はレフト方向に流し打ちをすれば簡単にヒットを打てた。しかし、そうはしなかった。あくまで自分のスタイルを貫き、ライト方向に打ちまくった。流し打ちではホームランを打てないからだ。「自分の仕事は、流し打ちでヒットを打つことではない。ライトスタンドにボールを打ち込むことだ」。それが王選手の矜持だった。そして、王選手はホームランを打ちまくった。

 王選手は独特の一本足打法でホームランを量産していたのだが、多くの野球評論家は「二本足で打てば王選手は四割を打てる」と言っていた。打率4割は打者にとっては夢の数字だ。しかし、王選手は一本足打法にこだわった。4割打つよりホームラン。それが王選手のこだわりだったのだ。王選手が世界のホームラン王になれたのは、このような目線の高さがあったからだと思う。

 ちなみに現役引退した1979年のシーズンでは、王選手は30本のホームランを打っている。2017年、セ・リーグの本塁打王は中日のゲレーロで35本。パ・リーグはソフトバンクのデスパイネでこちらも35本だ。それと比べても、30本を打つ王選手が引退すると発表した時、ファンも評論家も驚いた。しかし、王選手は「王貞治としてのバッティングができなくなった。スタンドに入ると思った打球がライトフライで終わるようになった」、だから引退を決めたと語った。どこまでも目線の高い打者だった。

 また、王選手のライバルだった投手たちも目線が高かった。最大のライバルだった阪神の江夏投手との対決も数々の伝説を残している。圧巻だったのは、1968年9月17日の巨人・阪神戦。この試合に登板した江夏投手は、シーズン最多記録と並ぶ353奪三振目を王選手から奪う。その後、江夏は8人の打者から故意に三振を奪うことをせずに打たせて取り、再び王選手と勝負。新記録となる354個目の三振を奪った。

 このように、目線が高い者同士が名勝負を繰り広げたから、選手もチームも成長し、ファンも魅了されたのだ。

● 目先の利益にとらわれない 経営者の覚悟

 企業の成長も、経営者の目線の高さで決まる。ソニーがまだベンチャー企業程度の会社だったころ、世界への販路拡大を求めて盛田さんがアメリカまでセールスに行った。1955年のことだ。そして、大手時計会社のブローバ社からトランジスタラジオ10万台のオファーを受けた。まだ品川の町工場程度だったソニーにとっては、大きなビジネスだ。しかし、盛田さんはこのオファーを蹴った。OEMでの供給。つまり、ソニー・ブランドではなく、ブローバ・ブランドで売るという条件が付けられていたからだ。盛田さんは目先の大きな利益ではなく、あくまでソニー・ブランドで売ることにこだわったのだ。その結果がどうなったかは、ご存じのとおりだ。

 今回の西野采配が「経営者だったら正しい判断」と言ってるアナリストやエコノミスト、コンサルタントも多いが、その意見は「盛田さんはブローバ社からのオファーを受けるべきだった」と言っているに等しい。しかし、それでは企業は儲かるかもしれないが、成長はできない。台湾や中国の工場が、最初は下請け仕事から始めても、地力がつけば自社ブランドを立ち上げるのはなぜか、そこを考えたほうがいい。

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