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ドイツの大オペラハウスで10年の実績、知られざる日本人指揮者が8月に母国デビュー!

7/6(金) 6:00配信

ダイヤモンド・オンライン

 2008年にドルトムント市立歌劇場専属指揮者として契約してから10周年、小林資典(こばやし・もとのり)はこの8月25日、ようやく母国日本でデビューすることになった。ドイツの大きな歌劇場で10年間活躍しながら、日本ではほとんど知られていない指揮者も珍しい。また、10年間同じ歌劇場に所属してオペラを振り続けている指揮者もそうはいないだろう。ドルトムントでインタビューし、マエストロ小林資典の軌跡をたどってみた。(取材・文/ダイヤモンド社論説委員 坪井賢一、文中敬称略)

● 幼少期から将来を疑わない 「指揮者」という種族

 小林は千葉県の出身だ。幼少期にピアノを習い始め、9歳でクラリネットを吹き、船橋高校のオーケストラで指揮を始めた。

 指揮者という種族は、ほぼ全員が小学生のころから指揮者になるつもりだったという。まったく自分に疑いを持たない自信家ぞろいだ。ただし、普通の人と違うのは、音楽や語学の猛勉強を10代から継続していることだろう。

 小林は高校生のとき機会を得て、東京芸術大学指揮科で教鞭をとり、その後も毎年来日していたフライブルク音楽大学教授、フランシス・トラヴィスの指導を受けた。もちろん芸大を受験するためでもある。首尾よく現役で芸大に入学すると、そのままトラヴィスの元で学んでいる。トラヴィスは2017年に96歳で天寿を全うしているが、この間、30年近い師弟関係にあったのだそうだ。

 1998年、ちょうど20年前に文化庁海外派遣研究員としてベルリン国立芸術大学へ留学、マティアス・フスマンに師事した。ここまでの小林については、彼を知る友人たちもよく覚えている。しかし、その後の20年の消息は知らない人のほうが多いかもしれない。なにしろ、日本でプロのオーケストラを指揮する機会がまったくなかったのだ。ドイツでオペラに没頭していたからである。

● ドイツでオペラに取り組んだ20年間 大阪のオケが発見した!

 留学してから2年目、2000年にデュッセルドルフのライン・ドイツ・オペラ(Deutsche Oper am Rhein)でコレペティトゥーア(Korrepetitor)として採用される。

 コレペティトゥーアとは、歌手の練習のためのピアノ伴奏や指導を担当する職種で、高度な音楽知識、語学力、演奏技術が必要とされる。膨大なオーケストラのスコアを前に、たちまちピアノに置き換えて伴奏するのだからたいへんだ。それにイタリア語、ドイツ語、フランス語、英語、ロシア語を勉強して歌詞やセリフを覚えなければならない。

 本番でも鍵盤楽器が必要な場合は、ソリストとして演奏することにもなる。日常的にオペラ制作に従事するわけだから、年がら年中、劇場にいることになる。劇場指揮者の修行としてコレペティトゥーアは避けて通れぬ道だが、小林は8年間、この劇場に勤めているのだからすごい。

 その後、2008年にドルトムント市立歌劇場の第2指揮者として契約することができた。音楽監督がガブリエル・フェルツに交代した2013年には、第1指揮者及び音楽総監督代理に就任している。これほど腰を落ち着けてオペラに取り組んでいる日本人指揮者も珍しい。

 「日本ではマネジメントをどこにも委託していません。仕事があれば短期間でも日本に行くのですが、まとまった期間ですと真夏の7月中旬から8月末しかないのです。真夏ですと、オーケストラやオペラの公演もあまりないですからね」

 結局、ドルトムント市立歌劇場でデビューしてから10年、一度も日本で指揮する機会がなかったのだが、ネット上で小林の存在を知った大阪交響楽団が、2017年7月にドルトムント音楽総監督のガブリエル・フェルツを招いた際に確認し、小林の招聘が決まったという。日本のプロのオーケストラが、初めて小林を発見したのである。

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