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「家に居場所がない子」が自力で作った“家族”

7/17(火) 6:00配信

東洋経済オンライン

『家族無計画』『りこんのこども』など家族に関する珠玉のエッセイを生み出してきたエッセイストの紫原明子さん。この連載で綴るのは、紫原さんが見てきたさまざまな家族の風景と、その記憶の中にある食べ物について。紆余曲折あった、でもどこにでもいる大人たちの過去、現在、そして未来を見つめる物語です。
 夫でもなければ親戚でもない。恋人でも、ましてや不倫相手でもない。20歳近く年上の親切な“おじさん”に教わったという、特別なオムレツを振る舞ってくれたママ友のS。

 彼女は、よその家にふらりとやってきてまるで家族のようにくつろぎ、その家にも自然と受け入れられる「お客さんの天才」であった。日ごろから、たくさんの人を家に招くことが好きな私でも、見たことがないレベルの。

■いつも輪の外に一人で立っていた

 Sと最初に出会ったのは、今から8年ほど前のことだ。

 私がまだ専業主婦だった頃。幼い子どもたちを遊ばせに毎日のように通っていた近所の公園によくやって来ていたのが、ほかならぬSだった。子ども同士が親しくなったのを機に、Sと私も自然と顔見知りになった。

 目が合えば、深く被った黒いキャップの奥でニコッと笑う。決して悪い人ではなさそうに見えたけれども、普段からSはほかの母親たちとは少し離れた場所に1人で立っていることが多く、顔なじみになってからも1年ほどは、あいさつ以上の言葉を交わすことがなかった。

 あるとき、いつもと同じように公園へ赴くと、直後に雲行きが怪しくなり始めた。遠くではゴロゴロと雷の音も響いている。そこで私はSに思い切って声をかけてみた。

 「よかったら、うちに遊びに来ませんか?」

 断られるかと思ったけれど、予想に反してSは私の提案を受け入れ、子どもとともにわが家にやってきたのだった。

 キャップを脱いだSの顔をちゃんと見るのは、その日が初めてだった。ショートカットに白い肌。茶色い瞳が印象的なSは、聞けば20代のある時期、芸能人だったこともあるという。

 勝手に内気なタイプだと思い込んでいたけれど、Sはウィットとユーモアに富んでいて、気さくで、おまけに人を惹きつける話術に人一倍長けていた。私達はたちまち打ち解け、この日以降S親子は、しょっちゅううちに遊びに来るようになった。

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