ここから本文です

定年後まで同じ会社に通う寂しい人生の末路

7/17(火) 9:00配信

東洋経済オンライン

松下幸之助氏(パナソニック創業者)のもとで23年側近として過ごした江口克彦氏。若手ビジネスパーソン向けの連載として好評だった「上司と部下の常識・非常識」に続いて、「50歳からの同調圧力に負けない人生の送り方」について書き下ろしてもらう。

 たいていの会社は、定年60歳。55歳頃から職場での立場も変わり始め、経験も以前より高まって、いよいよというときには、退職時期を目前にすることになる。

 ところで、この定年制度は、多分に平均寿命と関係がある。

 1950年頃の平均寿命は、男性58歳、女性61.5歳だった。それが、1980年になると、男性73.35歳、女性78.76歳と格段に伸びた。

 それまで多くの企業において定年が55歳であったが、そうなると、定年年齢が55歳というのは、ちと早すぎないかということになった。そこで、1986年、「高年齢者等の雇用安定等に関する法律」の改正で60歳が努力義務に、そして1994年の改正で60歳未満定年制が禁止(1998年施行)されたことで、60歳が定年ということになったのである。

■65歳まで勤められるようになったけれども・・・

 さらに、2000年に65歳までの雇用確保が努力義務化され、2004年に65歳までの雇用確保措置の段階的義務化、2012年には希望する労働者全員を65歳まで継続雇用することが義務化した。

 要は60歳になって「希望すれば」、65歳まで勤められるという制度になった。「定年選択制」と呼ばれるものである。とにかく、65歳まで勤められるようにした。

 とはいえ、大きな問題がある。

 65歳まで勤めるということになれば、60歳からの給与は無残にも、たいてい、それまでの50%程度へと削られる。70%も減る場合がある。

 我が国の定年制は、大正時代からである。端的にいえば相対的に高賃金になった高年齢労働者を永年勤続的雇用から排除するための制度だ。まあ、簡単に言えば、高年齢労働者は、仕事に邪魔だということ。若い人たちが、もっと自由闊達に活動できる組織にしたい、新陳代謝が必要だということだ。高年齢労働者が1人辞めれば、さほど変わらぬ人件費で2人の若い労働者を雇用できる。

1/3ページ