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後悔、葛藤、苦悩… 死刑執行されたオウム「井上嘉浩」が綴った獄中書簡300通

7/17(火) 6:01配信

デイリー新潮

苦悩の末に辿りついたもの

――当初、贖罪の気持ちを瞑想や修行という“宗教”に賭けることによって果たそうとしていた井上は、最後にそれとは違った心境を綴るようになる。

《父さんへ
 この世での幸福や名声がかなえられていくなら、この世はよろこびとたのしみ以外ないでしょう。でもそんな人はだれもいない。
苦しみもあり、よろこびもあり、つつましく他者のために生きながら、充実したなにかをみつける、それが一つの理想とされるかもしれません。
でも、それでは真実に触れることはできないと思っています。苦しんで苦しんで苦しみ抜くことで、はじめて知るものがあります。逃げ場のないところでこそ、はじめて、不動なものがあるはずです。生きることは絶望の淵に触れることによって、はじめて輝きを知る。それを感じはじめています。(平成12年5月12日)》

――こうして井上嘉浩は、6月6日の判決を迎えたのである。獄中書簡を読んだジャーナリストの有田芳生氏がいう。
「この書簡に貫かれているのは、自らの犯罪への激しい後悔と被害者への限りない償いと哀惜の心情にほかなりません。検察は、“反省悔悟の情がない”と論告求刑で言いましたが、それがいかに根拠がなく、被告の実態からかけ離れていたかが、よく分ります。苦悩に満ちた一人の若者の心の軌跡は、加害者、被害者の垣根を越えて傾聴に値するのではないでしょうか」
 判決言い渡しで、井上弘通裁判長は、「被告は最後になって、宗教的なものに逃げ込むことから離れ、人としてどうあるべきか、自分の命を投げ出して法の裁きを受ける、という真の反省に到った」と述べた。獄中書簡には、まさにその通りの一人の若者の心の軌跡があった。井上が苦悩の末に辿り着いたもの――それこそが、償っても償いきれない自らの罪のはかり知れない大きさだったのである。

「週刊新潮」2000年6月15日号 掲載

新潮社

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最終更新:7/17(火) 12:24
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