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「オウム7人死刑」を現役大学生はどう見たか

7/18(水) 12:03配信

日経ビジネスオンライン

 私がオウム真理教の元代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃)と出家信者ら計7人が死刑執行されたとの一報を受けたのは、京都・三条大橋の上にいたときであった。この日、私は滋賀で僧侶の講習会に出講するために車で向かっていたのだが、豪雨の影響で大渋滞。鴨川の濁流を横目にテレビをつけると「麻原彰晃死刑執行」とのニュース速報が流れた。にわかに、動悸が激しくなり、なんとも言えない複雑な感情が込み上げてきた。

【関連画像】元代表の死刑が執行された東京拘置所

 私が報道に関わった最初が、まさにオウム真理教事件であった。当時は学生であったが、テレビ局の報道センターで記者のアシスタントをしていたのだ。地下鉄サリン事件現場や教団施設、坂本堤弁護士が殺害されたアパートなど、オウム関連施設を連日のように訪れた。

 スタジオでは特番が連日組まれ、私はフロアディレクターと呼ばれるスタジオでの進行役も任された。村井秀夫が刺殺された時も、坂本堤弁護士一家の遺体が見つかった時も、麻原彰晃が逮捕された時も、私はその報道に少なからず関わっていた。その後は新聞社の社会部記者として、オウム裁判の取材を続けてきた。当時のことが鮮明に蘇った。

 「アーナンダ」「ジーヴァカ」など、釈迦の弟子の名前を、「ホーリーネーム」と称して出家信者に与え、仏教を語ったオウム真理教。麻原が「修行するぞ、修行するぞ、修行するぞ」などと連呼し、ヘッドギアをつけた信者がトランス状態になっていく。

 奇しくも私自身が、浄土宗の僧侶の資格を得るための修行期間中でもあった。しかし、オウム事件が明るみになるや「出家」「修行」「ヨガ」「瞑想」などというキーワードが社会的禁忌になった。伝統仏教における修行すらも、公言するのを憚られるような状況であったのだ。ほかにも、全国にあったヨガ教室はオウム事件をきっかけに、ほぼ消滅した。修行があけ、丸坊主姿で下界におりてきた私は、そうした社会の目線を気にして、俯き加減で町を歩いた記憶がある。

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