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佐賀北、奇跡の初優勝から11年。「がばい旋風」が高校野球に帰ってきた

7/20(金) 17:30配信

webスポルティーバ

 2000年代、甲子園で最大級のミラクルを生んだ選手といえば佐賀北の副島浩史だろう。2007年夏の甲子園で、公立校ながら次々に強豪校を破り、ついには全国の頂点へと駆け上がった佐賀北。その快進撃は“がばい旋風”と呼ばれ、チームの中心を担っていたのが3番を打つ副島だった。

■甲子園常連の強豪校が次々に敗退。「番狂わせ」はなぜ起こるのか?

 ハイライトは広陵との決勝戦。3点を追う8回裏に野村祐輔(現・広島)、小林誠司(現・巨人)の黄金バッテリーを打ち砕いた副島の逆転満塁本塁打は、数々の奇跡を完遂させた史上屈指の“劇打”といっていい。このシーンは、毎年夏になれば必ずといっていいほど多くのメディアが取り上げるため、昨日のことのように記憶しているファンも少なくないはずだ。

 その副島がこの春、佐賀県立唐津工の野球部副部長に就任した。甲子園を沸かせた“レジェンド”が、11年ぶりに高校野球の世界に戻ってきた。

 副島は高校を卒業すると福岡大へ進学。主に指名打者としてプレーし、3年秋には九州六大学リーグの本塁打王と打点王に輝き、ベストナインも受賞した。

 大学卒業後は社会人野球からの複数のオファーを蹴り、地元の佐賀銀行に就職。本店営業部で働くかたわら、会社の軟式野球部に所属していた。

 そんなある日、副島は高校時代のチームメイトで甲子園優勝投手の久保貴大(現・佐賀北監督)が社会人野球を辞め、佐賀大の大学院に通いながら高校野球の指導者を目指すという報道を目にした。

「選手として限界までやりきって、あらためて教員を目指すという生き方がすごくかっこよく見えました。高校卒業時に関東の大学からの誘いを断り、大学卒業時にも社会人野球で都市対抗を目指す道もあきらめた。いつも自分は逃げてばかりで、挑戦心がない。いったい何をやっているんだろうって……」

 副島は、2014年7月に佐賀銀行を退職。 “優良企業”での安定した生活を捨てる決断に反対する者も多かったが、「教員になる。今度こそ挑戦し続けてやる」という副島の意思は固かった。その後は、県内の支援学校で講師を務めながら、教員採用試験合格に向けて勉学に励んだ。

 2017年秋、4度目の挑戦でついに採用試験をクリア。年末には広島の野村と会う機会があり、合格を報告。野村は「おめでとう!」と自分のことのように喜んでくれたという。そして、この春から唐津工の保健体育担当として教員生活をスタートさせた副島は、あっという間に待ち焦がれた夏を迎えたのだった。

「ようやくこの場に来ることができました。この独特のしびれる空気。とんでもない暑さのなかで、みどりの森県営球場に戻って来ました。懐かしいし、やっぱりうれしいですね」

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