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悪夢の落球をした開星のセンターは、甲子園で「一生のテーマ」をもらった

7/23(月) 6:20配信

webスポルティーバ

「失礼じゃなかったかなあ……」

 シトシトと雨が降り注ぐ6月初旬のある日。「きっと面白い話が聞けるはず」という期待と、一抹の不安を感じながら、とある自動車販売店の一角に座っていた。

■甲子園常連の強豪校が次々に敗退。「番狂わせ」はなぜ起こるのか?

 今回、話を伺うのは甲子園に出場した元球児。しかしながら、主題になるのは華々しい活躍ではなく、彼がある試合で犯した“ミス”の話だ。事前の電話では、快く取材を引き受けてくれたように思えたが、実際の対面を前に、小心者の筆者は幾ばくかの罪悪感に苛(さいな)まれていた。

「ギリギリになって申し訳ございません! 今日はよろしくお願いいたします」

 到着と同時に、ハキハキとした口調であいさつを述べる青年。短く整えられた頭髪、ビシッとスーツを着こなす姿は、“デキる営業マン”そのものだ。

 彼の名は、本田紘章(ひろあき)。2年春、3年春夏の計3度甲子園に出場しているが、名前だけではピンとこない人が多いかもしれない。しかし、こう言えばすぐわかるのではないだろうか。「開星のセンター」と――。

 高校野球では、時に好プレー以上に観衆の脳裏に深く刻まれるミスが生じることがある。1979年夏の星稜(石川)×箕島(和歌山)戦で、星稜の一塁手・加藤直樹が転倒し、ファウルフライを捕球し損ねたシーンや、1998年夏に延長15回の熱戦に終止符を打った宇部商・藤田修平の「悲運のサヨナラボーク」は、その代表例だ。

 ここ10年で“一番”と言っても過言ではないミスが、2010年夏の仙台育英(宮城)と開星(島根)の一戦で生まれた。

 開星の2点リードで迎えた9回表。1点差に詰め寄られ、なおも二死満塁と攻め込まれる。続く2番打者は、初球を打ち上げ、打球はセンター方向へ。勝利を確信した開星の2年生エース・白根尚貴(DeNA)は、安堵の表情を浮かべながらガッツポーズを見せる。誰もが開星の勝利を確信したその瞬間、センターを守っていた本田のグラブから打球がこぼれ落ち、二者が生還。これが決勝点となり、開星は痛恨の逆転負けを喫したのだ。

 勝利直前に起こった“まさか”の落球。その鮮烈さから、いつしか彼は「開星のセンター」と呼ばれるようになり、甲子園でフライの落球が起きた際には「開星のセンターを思い出した」などとインターネット上で書かれることも少なくない。

 毎年夏が近づくと、「高校野球名勝負」のひとつとしてこの試合が紹介されることも多く、そういった番組を目にするたびに、彼が今どうしているのか、あのプレーが彼の人生にどういった影響を与えたのか……。何とか話を聞きたいと思っていた。

 取材開始と同時に、「古傷をえぐるようなことを……」と謝意を述べると、笑顔で「いえいえ、大丈夫ですよ。それに、センバツのことに触れてもらえることは今までなかったので、ありがたいです」と答えてくれた。

 この「センバツのこと」とは、本田にとって初めての甲子園出場となった2年春(2009年)のセンバツでの活躍を指す。

 開星にとって初めてのセンバツ出場となったこの大会。初戦の相手は、前年の明治神宮大会優勝の慶応義塾(神奈川)。「大会屈指の本格派右腕」と呼ばれていたエース・白村明弘(日本ハム)を擁し、優勝候補の一角に挙げられていた。

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