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熊谷浩二は鹿島入団をすぐ後悔した。「ここに来なければよかった」

7/23(月) 11:11配信

webスポルティーバ

遺伝子~鹿島アントラーズ 絶対勝利の哲学~(21)

◆熊谷浩二 前編

 7月18日、ヤマハスタジアム。W杯のために中断していたJリーグ再開となったこの試合には、平日のナイターにもかかわらず13000人あまりの人たちが足を運んだ。昨季最終節、優勝を阻まれたジュビロ磐田との1戦。三竿健斗は「再開初戦がここでの試合というのは、いい巡り合わせ」と話している。先制点を許しながらも、ゲームを支配し、流れを引き寄せるような巧みな戦いができた。しかし、ベルギーへ移籍した植田直通、体調不良の昌子源を欠いた最終ラインは、一瞬のつきを突かれるように3失点を喫している。逆転を許した2-3から、土居聖真が同点弾を決める粘り強さで意地は見せたものの、13位に後退したリーグ戦の苦境は続く。

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 それでも、平均年齢25.45歳という若い先発メンバーたちは、自分たちのサッカーへの手ごたえを感じているようだった。この試合で1ゴールの安部裕葵は、現在の自分の立場を次のように語った。

「自分のコンディションのいい悪いという波はまだ多少あると思います。今はとてもいい感じでやれている。だけど、常に練習からコツコツ積み上げていくことが大事だと意識している。それを意識させてくれているのが、このチームのいいところだと思います。伝統のある鹿島というチームの一員になるという自覚は、高校卒業のころから持っています。そして、このチームで1年半が過ぎて、時間が経てば経つほど、自分はとても幸せな環境にいるんだなと、思う」
 
 ジーコ氏のテクニカルアドバイザー就任が発表されたばかり。鈴木満強化部長は「1ランク上を目指すうえでジーコの力が必要だ」とその理由を語っている。アントラーズを支えるジーコスピリッツの再確認という意識もあるだろう。しかし、同時に「変わらなくちゃいけない部分もある」とも話した。

 まさに、温故知新の夏が始まるのだろう。

 鈴木優磨や町田浩樹、田中稔也など現在トップチームで活躍する若手選手たちをトップチームへ送り出したのが、2014年からユースチームを率いる熊谷浩二監督だ。

 2000年、三冠達成時のレギュラーメンバーでもある熊谷監督だが、青森県三本木農業高校時代には、高校選手権出場経験もなかった無名選手だった。

 1年目のリーグ戦出場11試合。U-20日本代表として世界大会にも出場する活躍を見せたものの、2年目からの4シーズンのリーグ戦出場数はいずれも一桁。長きに渡り、不遇時代を過ごした。

――そもそも、鹿島アントラーズ加入のいきさつというのは……。

「高校時代、サッカー部の先生から、『住友金属(現・鹿島アントラーズ)がお前に興味を持っているようだ』という話があったんです。でも当時はまだJリーグが始まる前で、プロリーグに対して、現実的なイメージを抱くのが正直難しい状態でした。だから、サッカーを続けたいという希望を叶えるには、大学へ行って、体育の教員免許を取得して……というのがリアリティのある話だったんです」

――そして、Jリーグ元年を迎え、住金は鹿島アントラーズとなり、ファーストステージで優勝しましたね。

「ちょうど高3だったんですが、もしも鹿島に入れるなら、プロへ行きたいというふうに考えられるようになりました。そして、先生に『あの話ってまだ生きていますか?』と確認したんです。とはいえ、その可能性が高いと思っていたわけではなくて、大学へ進学するんだろうなと考えていました。そしたら、『なんとかなるかもしれない』という話を頂いて。本当に最後のほうでしたが、鹿島入りが決まったんです」

――プロへたどりついたという感じですね。

「はい。まさにたどりついた(笑)。でも、鹿島に入って最初に思ったのが『ここに来なければよかったな』ということ。まずレベルが違うし、場違いだったから。辛かったけれど、自分が希望したことだし、置いてもらえる間は一生懸命やろうと割り切って考えていましたね」

――1年目はリーグ戦11試合に出場し、U-19代表入り。1995年にはワールドユース(現U-20ワールドカップ)にも出場しますね。松田直樹氏や中田英寿氏など錚々たるメンバーが揃っていました。

「雑誌で見ていたような選手ばかり。まあ、彼らと自分は違う、自分は自分のやれることを精いっぱいやるだけだと思っていました」

――しかし、鹿島では2年目以降はなかなか試合に出られなくなりましたね。

「当時はサテライトリーグというのがあり、いわゆるBチームがそれに出場するので、チーム選手の人数も今と比べれば、かなり多かったこともあって、なんとか居場所があったという感じだったと思います。僕自身は、本当に毎日ついていくのが精いっぱいという感覚でした。青森の高校時代に培った自信、プライドは鹿島へ来てすぐ、初日に全部崩されてしまった。でも、それがよかったんだと思います。だから、プライドを持つことがなかった。鹿島にはブラジル代表の10番だっている。そのうえ、毎年、高校ナンバー1とか、大学ナンバー1の選手が加入してくる。そうなるとチーム内での自分の順列というのが下がるわけです。だけど、彼らは自分とはまったく違うんだと思えたので。もちろん、1年目の試合出場経験があったので、『またあの場に立ちたい』という気持ちもありました」

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