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年長者が若者に食事をおごるのは大間違いだ

7/23(月) 18:00配信

東洋経済オンライン

松下幸之助氏(パナソニック創業者)のもとで23年側近として過ごした江口克彦氏。若手ビジネスパーソン向けの連載として好評だった「上司と部下の常識・非常識」に続いて、「50歳からの同調圧力に負けない人生の送り方」について書き下ろしてもらう。

 若者たちと食事にいくと、50歳になっても60歳、70歳になっても「自分が支払わなければならない」などと思う。先輩だから、後輩に支払わせてはいけないと思ったりする。それで頼りない袖を振る。

 それが美徳、それが先輩らしい振る舞いだと考える。もともと払う気もない後輩を「まあ、オレに任せておけ」などと制するふりをしながら、「とりあえずの美学」で、レジに向かう。

 こんな慣習、いかがなものか。その若者たち、後輩たちへの「とりあえずの美学」が、結局は、彼らをスポイルしている、自立心を毀損していることを考えなければならないと思う。

■年長者が奢る必要はない

 年齢だけを考えて奢ることより、先輩として人間の生き方を教え、語ることのほうが大事ではないか。大事なことは「魚を与えるより、魚を釣る方法を教える」ことではないか。それを、簡単にメシを奢ってしまって、どうする。奢ることによって後輩を喜ばせて、どうする。

 なによりみっともないのは、若者や後輩にご馳走し、奢りながら「なんでお礼を言わないんだ」「お礼の一言くらい言うべきものだ」と呟いたりお説教したりすること。そんな恥ずかしい年長者、年寄りがいかに多いことか。50歳を超える年齢になると、ますますそのようなことを思うようだ。

 心のなかで思うだけならまだいいが、「おい、礼ぐらいは言えよな」と感謝を要求してしまう。それを不満に思った若者から文句を言われたり、不機嫌な表情でもされたら、人間関係が悪くなってしまう。

 いったいなんのために奢ったのか、なんのために自分が1人で支払ったのかすらわからなくなる。本来の目的から大きく逸脱。まったく本末転倒もいいところだろう。

■年長者が若者に奢るのは「自己満足」

 礼を要求するぐらいなら、もう二度と誰にも奢らないと心に決めたほうがいい。年長者が若者に奢ることは、実は気遣いでもなんでもないのだ。単なる自己満足にしかすぎないのである。

 最近の若い人たちは、年長者のそういったお節介のほうが、かえって重荷なのではあるまいか。上司と部下で呑みに行くと、部下の方から「割り勘にしてくれ」と言うこともあるらしい。

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