ここから本文です

潜水艦「なだしお」の衝突事件から30年 自衛隊が隠していた“ある真実”

7/23(月) 6:00配信

デイリー新潮

「なだしお」東京湾衝突で「隠されていた真実」(上)

 自衛隊の潜水艦「なだしお」と釣り船「第一富士丸」の衝突事故では、30名もの命が奪われた。30年前の7月23日のことである。

 週刊新潮では、ノンフィクションライター祝康成氏(現在は「永瀬隼介」の筆名で活動中)の手による「潜水艦『なだしお』と釣り船東京湾衝突で『隠されていた真実』」と題する記事を、事件から13年を経た2001年に2週にわたって掲載した。なぜ、航路を譲る義務のあったなだしおは直進したのか。自衛隊が隠した重大な真実に迫った。(※以下は01年5月3・10日ゴールデンウイーク特大号掲載時のもの)

 ***

「潜水艦です、ほら潜水艦が見えますよ」

 外から、乗組員の弾んだ声が聞こえた。横浜港を出発して1時間余り。第一富士丸は、横須賀港の沖合、約3キロの地点にさしかかっていた。

 昭和63年7月23日(土)午後3時半過ぎ。北の風7メートル、視界13キロ。空はどんよりと曇っていたものの、波もそれほど高くない、穏やかな夏の東京湾だった。

 第一富士丸のサロンでビールを飲んでいた横井時惟(ときただ=現・秀和代表取締役=)は、乗組員の声に誘われるように、外へ出た。海の向こうに、小さな黒い塊が見えた。上部のデッキから、大海原を駆ける潜水艦の姿に驚き、興奮した乗客たちの歓声が聞こえる。

 当時、伊藤忠建材に勤務していた横井は、中学1年の息子と二人で1泊2日の伊豆大島クルージングの旅に参加していた。船をチャーターしたのは伊藤忠グループ約百社の親睦団体「藤の実会」。社員とその家族など39人、乗組員9人の計48人を乗せた第一富士丸は、伊豆大島を巡って海水浴や夜釣りを楽しんだ後、翌日帰港する予定だった。

 しかし、この旅は最初からケチがついていた。出航直前になって、二人の若いOLが「こんな汚い船はイヤだ」と乗船を取りやめる騒ぎがあり、午後2時の出航予定が15分ほど遅れてしまったのだ。もともと、サケマス漁船を改造して大型釣り船に仕立てあげた第一富士丸は、外観は漁船そのものだった。

 しかも横浜港では隣に真っ白な本物の大型クルーザーが係留されていただけに、その貧弱ぶりは際立った。横井も、息子を立派なクルーザーに乗せてやれる、と期待していただけに、内心がっかりした。だが、内部の広々としたサロンにはカラオケもあるし、シャワーも完備している。総重量154トンの大型釣り船の中で、横井は始まったばかりのクルージングを楽しんでいた。

 洋上を走る潜水艦の勇姿を初めて見た横井は、いったんサロンに戻って息子を誘い、見晴らしのいいデッキヘと昇った。と、横井は我が目を疑った。左舷の方向から、黒い塊が、グングン迫っている。巨大な魚雷のようだった。息を呑んだ。船長は気づいているのだろうか。振り返ると、操舵室の船長は、舵輪を必死の形相で回していた。

 信じられないことが起きようとしていた。横井が潜水艦に視線を戻したとき、黒い塊は視界一杯に広がっていた。瞬間、ズズンッと衝撃を感じ、息子もろとも床に倒れ込んだ。

 第一富士丸の船長は、30歳の近藤万治だった。国立鳥羽商船高等専門学校を出て船乗りになった近藤は、貨物船やサルベージ船に乗り込み、世界中を回ってきた海のスペシャリストである。当時は1年間の予定で国内に留まり、結婚と車の免許取得を予定していた。国内では短期間のアルバイトを幾つかこなしており、第一富士丸の船長もそのひとつだった。

 しかし当日、近藤は船に乗り込む予定はなかった。船会社は経営状態が悪化して給料の遅配も珍しくなく、誘ってくれた鳥羽商船の先輩も会社の事情で辞職を強いられていた。近藤自身、2日前、辞める旨を伝えており、この日は残りの給料を受け取る約束で横浜港まで足を運んでいた。

 ところが会社側はしたたかだった。「新しい船長の手配がつかないから出航してほしい」と、泣き落としに出たのだ。近藤も、客の顔を見ては断ることもできず、渋々承諾してしまう。だが、この航海が終わったら、給料が出ようと出まいと、辞めようと決意していた。近藤にとって、第一富士丸の最後の航海だった。

 海上自衛隊所属の潜水艦「なだしお」はこの日、伊豆大島東方海上での展示訓練(公開訓練)を終え、横須賀港へ帰投の途中だった。総排水量2250トンのこの巨大潜水艦は、日本初の対艦ミサイル搭載艦として知られていた。

 操舵室から近藤がなだしおを視認したとき、まだ3000メートル以上、離れていた。危険は感じなかった。距離は十分あるし、双眼鏡で見ると、洋上から突き出たなだしおの艦橋には、白い制服を着た隊員の姿も認められる。だが、黒い鉄の塊は、確実に近づいてきた。
乗組員の一人が「大丈夫ですか」と声を掛けると、近藤は「優先航路だから大丈夫」と答えている。

 優先航路――海の交通ルールである海上衝突予防法では、2隻の船が接近した場合、相手の船を右舷に見る船に回避義務、左舷に見る船に航路保持(そのままの進路とスピードで航行を続ける)義務を定めている。そしてこの場合、東京湾を横切って横須賀港へ向かうなだしおが、南下してくる第一富士丸を右舷に見ていた。つまり、回避義務は潜水艦にあったのだ。しかし、なだしおはみるみる接近してきた。

1/4ページ

最終更新:7/23(月) 13:44
デイリー新潮

記事提供社からのご案内(外部サイト)

デイリー新潮

新潮社

「週刊新潮」毎週木曜日発売
「新潮45」毎月18日発売

「デイリー新潮」は「週刊新潮」と「新潮45」の記事を配信する総合ニュースサイトです。