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引退示唆の村田修一に提案。中南米から「世界の盗塁王」のようになれ

8/5(日) 9:30配信

webスポルティーバ

「まあ、巨人でも地方球場での試合はありましたからね。別にどうこう言うことはないですよ」

■清宮を全直球で空振り三振。「遠回り」独立リーガーの潜在能力がすごい

 村田修一は薄暗い球場の狭苦しい通路で、ぶっきらぼうにそう答えた。

 あれは5月初めの頃だった。今季、村田がプレーしている独立リーグの栃木ゴールデンブレーブスのホーム球場のひとつである栃木市営球場は、収容7000人ほどのNPBの一軍が使うはずのない小さな球場だった。

 独立リーグの環境はなかなか厳しいものがあるのではないか、という私の質問に対して冒頭のように返してきた村田だったが、返答というより自分に言い聞かせているように感じた。

 村田は、横浜(現・DeNA)、巨人で主力として活躍。日本代表としてWBCの舞台にも立った男が、ロッカールームもろくになく、狭い通路で選手が腹ごしらえをするような場にいる現実。村田の場合、徐々に力が衰え、フィールドからベンチへ、そしていつの間にか二軍に身を置くようになり、たどり着いた先が独立リーグだった……というのではない。

 昨年まで巨人で一軍の主力として活躍していた人間が、ケガをしたわけでも、力が落ちたわけでもないにもかかわらず、そのような場に身を置かざるを得ない状況に、心中穏やかであるはずがなかった。

「ここで3割打ったからって、NPBが獲ってくれるわけでもないし」

 そう言い放った言葉に、村田の苦悩は集約されていた。

 昨年、ケーシー・マギーにポジションを奪われながらも、シーズン半ばにはスタメンに名を連ね、118試合で打率.262、14本塁打、58打点と、決して納得できる数字ではないが、出番さえあればきちんと数字を残すことを証明してみせた。

 しかし、巨人が出した結論は「チームの若返り」という名のもと、村田を戦力外にすることだった。

 当初はすぐに行き先は決まるものだと思われていたが、年が明け、キャンプが始まり、シーズンが開幕しても、どの球団からも声がかかることはなかった。

 打者にとって勲章でもある2000安打まであと135本。なにより体はまだまだ動く。村田はシーズン途中の補強に動く球団があることを期待して、独立リーグでプレーする道を選んだ。

 村田も言っていたように、ここでいくら打ったとしてもNPBから声がかかる保証はない。そもそも、村田がどの程度やれるのかなどは、どこの球団も把握しているはずである。

 5月に試合を見たとき、村田は明らかに目標を失っていた。その試合、「4番・DH」で出場した村田は初回に無死満塁という絶好のチャンスで打席に立つも、ボテボテのファーストゴロ。わずか1打席で交代し、早々にベンチへと引き下がった。

 試合後、球団は村田の足の故障を発表。その後、しばらく村田はベンチを温めるようになった。そのとき、先の見えないなかでのプレーに、村田の気持ちが切れてしまったのではないかと思った。

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