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わずか4年の絵本作家人生 「だるまさん」シリーズ残した“先生”の原画展

8/7(火) 11:34配信

好書好日

 絵本作家「かがくいひろし」を知っていますか。特別支援学校の先生として28年間、教壇に立ち続けたのち、2005年、50歳で遅咲きの作家デビュー。累計570万部を突破した「だるまさん」シリーズなど、乳幼児を大笑いさせる作品を次々と生み出したものの、わずか4年で急逝した絵本作家だ。お腹がよじれるほど笑ったあとで、ふっと心が温かくなるような彼の作風は、多くの読者に今もなお支持されている。このたび「だるまさん」シリーズ刊行10周年を記念し、絵本原画展が東京・渋谷で開かれている。日本じゅうの子どもを笑いに笑わせ、そして駆け抜けていった伝説の絵本作家。その軌跡をたどることができる。

かがくいひろし原画展 フォト集

 「あの時、絵本編集者たちが皆、驚いて、かがくいさんのもとに殺到したんです。『これは凄い人が出てきた』って。2005年、彼が50歳で新人賞を受賞した時のことでした」

 絵本などを手がける出版社・ブロンズ新社の沖本敦子さんは当時をそう振り返る。かがくいの千葉県松戸市の自宅に駆けつけた沖本さんを前に、彼は無印良品の茶色い再生紙ノートを差し出した。それは、ラフスケッチが詳細に描かれたアイディア帖だった。

 「『こんなの、どうだろう』って、かがくいさんがその時に見せて下さった画が『だるまさん』の原形にほぼ近いスケッチでした。今までにない着想で、可愛らしくて、動きと音とリズムで見せていく。展開もとっても可愛かった。私たちはその完成度の高さに感激して、『これ! そのまま、これで行きましょう!』。即座に出版が決まったんです」

 こうして08年1月、『だるまさんが』刊行。だるまさんが転んだり、おならしたり、ビヨーンと伸びたり縮んだり。「だ・る・ま・さ・ん・がー」から始まるページをめくるたびに、無限に続く大喜利の世界が乳幼児の心をわし掴みにし、人気は瞬く間に広がった。読者から寄せられた感想カードの熱量がそれを物語る。

「長い間、読み聞かせをしてきましたが、この本ほど直接的に子どもの心を掴むのは初めて」(60代、保育士)

「4歳の娘に大ウケ。エンドレスで読まされる羽目に」(30代、パート)

「子どもが初めて話した言葉が『だるま』でした」(20代、主婦)

 のちに3部作となった『だるまさん』シリーズは、その全作品がミリオンセラーを記録。わずか4年の絵本作家活動にも関わらず、かがくいは五つの出版社から計16冊もの本を出版し、どの作品ものちに版を重ね、今もなお売れ続けている。ただ、絵本作家としての彼の創作はたった4年で幕を閉じてしまった。あまりに早かった。

 沖本さんは今回の展示に際し、彼の家族や他社の担当編集者たちと連携を取り、かがくいのプロフィールをまとめ、会場で一覧できるようにした。紐解いてみると、子どもたちに愛され続ける、彼の創作の原点が手に取るように分かってきたという。

 かがくいは東京都新宿区戸塚町生まれ。建築士の父、主婦の母のもと、3人きょうだいの末っ子として育った。界隈には豆腐屋や畳屋、氷屋などが軒を連ね、元気な職人たちが行き交っていた。幼き日のかがくいは大工に憧れていたという。

 高校時代は美術部に入部。のちに東京芸術大の彫刻科を目指すようになった。予備校で彫刻とデッサンを本格的に学ぶものの、上野の森の門はなかなか狭く、3浪する羽目に。その間、うどん店や新聞配達、害虫駆除などのアルバイトなどに明け暮れていた。

 1976年、進路を修正し、東京学芸大教育学部美術科に入学し、彫刻を専攻。その研究室で妻・久美子さんと出会う。在学中は家庭教師、子ども美術教室の先生など、数多くのアルバイトで生活費を稼いだ。障害のある身内がいたこともあって、障害児教育に興味を持ったかがくいは、養護学校(当時)の教員免許を取得。大学卒業と同時に久美子さんと結婚した。

 久美子さんの手記によると、かがくいの人物評はこうだ。
 「温かく、包み込むような人柄で、オープンマインド。その場で居心地悪そうにしている人をちゃんと見ていて、冗談を言ったりして、ふっとその場を和ませ、相手の心を自然に開かせるのが上手でした」

 千葉県松戸市の養護学校で、子どもたちと向き合う日々が始まった。肢体不自由の子どもが音を出せるベルの装置をつくったり、寝たきりの生徒に口でパスタやそうめんなどを折ってもらい、それを素材に絵本をつくったり。担当する子どもたちの発達や状態に合わせ、その教育方針を模索する毎日に明け暮れた。

 「いろいろとお話を伺ううちに、人柄がフラットで、優しくて、子どものことを知り尽くしておられたことがあらためて分かってきました。決して偉ぶらない。何なら『いじられキャラ』だったようです」(沖本さん)

 卒業時には毎年、子どもたち一人ひとりの表情をこまやかに描いた似顔絵を、全員にプレゼントしていたという。

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最終更新:8/10(金) 14:52
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