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暴力団排除が進む社会のモザイク模様――『ヤクザの幹部をやめて、うどん店はじめました。』

8/11(土) 9:00配信

Book Bang

 暴力団離脱者を研究する廣末登が住む福岡県で、地元暴力団を獄中脱退した幹部がうどん屋を始めた。店主の中本氏が所属していたのは指定暴力団の中で唯一“特定危険指定”を受けた工藤會だった。警察に“テロ組織”とまでいわれた暴力団の幹部が、客単価が低く、ごく庶民的な飲食店を始めたのだから、その落差だけで物語だ。実際、中本氏の再チャレンジはNHKの『元ヤクザ うどん店はじめます』というドキュメンタリーとなって全国放映された。その際、番組内で廣末がコメントを寄せたことで、運命の出会いが実現した。廣末にとっては最高の素材であり、他の取材をすべて断った中本氏にも、時間をかけて自分と向き合ってくれる廣末は特別な存在だったのだ。ただし、安易には取り組めない。

「現在の工藤會を構成するトップ3、すなわち、野村悟総裁、田上不美夫会長、菊池啓吾理事長が逮捕(平成26年)、収監されていなかったとしたら〈中略〉この本の取材には二の足を踏んだと思います。それほど、工藤會という組織は、他所者にとって近寄りがたい存在だったのです」――前書きの廣末の告白に誇張はない。20年以上暴力団取材をしている身として同意する。工藤會はカタギに容赦なく暴力を行使するが訴訟も得意で某全国紙を訴えていた。トップ3の逮捕で新聞が暴力団に敗訴する事態は避けられたが敗色濃厚だったのだ。

 加えて中本氏は、これまで暴力団として活動してきた北九州市のど真ん中でうどん屋を始めていた。

「私は、ヤクザも地元で頑張った。カタギも地元で頑張りたいと誓っていた」――暴力で他人の頭を押さえ込んできた側の人間が、同じコミュニティの中で商売人となり、今度は人々に頭を下げる。当人に落ち度はなくても、過去の人間関係からトラブルになりかねない。それでも、暴力団離脱者とて慣れ親しんだ地元を離れるのはストレスだ。地盤を変えず再スタートするのに越したことはない。

 本書は廣末の過去作同様、綿密な聞き書きで構成される。

「ただ、当時は今と違ってヤクザも人気商売みたいなところがあって、親分や組の用事でカタギの旦那衆のところに使いに行ったりしとるうちに、土建とかやってる社長のタニマチが付いて可愛がられるとですね」――中本氏が自分のいた時代のヤクザを特別視し、肯定するので、読者は戸惑うかもしれない。同様に、運転手として側仕えした工藤會の先代・溝下秀男総裁に対するリスペクトも隠そうとしない。

 廣末が聞き書きに固執するのは、肉声をそのまま提供したいからだろう。ジャーナリズムの弱さは、偽善的な先入観から証言を意図的に抽出することにある。暴力団問題に関しても、ヤクザは絶対悪という前提を疑わず、自分たちと異質の社会病理として断罪して根絶を叫ぶが、出発点が間違っている可能性はある。

 ちぐはぐな暴排の現実は本書でも繰り返し取り上げられる。廣末が問題視する「元暴5年条項」は、暴力団を辞めた人間であっても、離脱から5年間は“暴力団員等”として排除の対象となるという暴排条例の規定だ。中本氏のうどん屋も、不動産会社経由で店舗の契約ができなかった。暴排条例が暴力団とのいかなる商取引も違法と定めているからだ。

 改心した人間を社会が受け入れずに排除だけを進めれば、離脱者はアウトロー社会に戻ってしまう。私の知り合いだった暴力団幹部は刑務所を出所後、離脱して知人の会社に就職したが周囲に馴染めず、わずか2年で古巣に戻った。

 社会の決意を確かめるため、廣末は北九州市の企業家や政治家、商店街の役員たちにもインタビューを拡げていった。ある女性が「裏の部分は規律を持った組織が必要」と言い放つ一方、商店街の役員は「(暴力団という存在が必要悪だとは)思いません」と断言する。門戸を開いて受け入れようとする決意は共通でも、市民の心情はまちまちだ。

 暴力団排除は人権というナーバスな問題と無縁でいられない。本気で進めるなら、おためごかしはいらない。本書は社会のモザイク模様を丹念に、しっかりと描写していく。誠実なノンフィクションは、予定調和の大団円で終わらないのだ。

 中本氏のチャレンジが成功するよう切に祈る。

[レビュアー]鈴木智彦(フリーライター)

新潮社 波 2018年8月号 掲載

新潮社

最終更新:8/11(土) 9:00
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