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六年生の男の子が言った「歩けるなんて当たり前と思ってた」

8/20(月) 11:06配信

女性自身

国内外で医師として活動しながら、作家として『頑張らない』『なげださない』など数々のベストセラーを世に送り出している鎌田實先生。近著『新版 へこたれない』(光文社知恵の森文庫)が好評だが、その中から、当たり前だと思っていることへの“幸せ”を再認識させられるエッセイを、抜粋して紹介したい。



二〇〇七年の秋、NHKの「課外授業 ようこそ先輩」の収録のため、久しぶりに母校の杉並区立和田小学校を訪れた。ぼくは四十八年前にこの小学校を卒業した。校庭の匂いは当時と変わらないような気がした。

小六のクラスで、聞くことの大切さを伝えたいと思い、二日間で十時間の授業をした。共感しながら聞くことの大切さを教えた。相手に対する想像力を働かせながら聞く大切さを子どもたちに話した。地域へ子どもたちを連れ出したいと思い、学校から五分ほどの老人保健施設「グレイス」に子どもたちを連れて行った。十六年前にアメリカで脳出血に倒れた八十四歳のおばあちゃんが、子どもたちの質問に答えてくれた。

「脳卒中で倒れて三年は、つらくて苦しくて、いつも死にたいと思っていました」

絶望から三年間泣きあかしたと言う。左の手と足はまったく動かない。十六年経った今もリハビリを続けている。

「でも徐々に心が変わりました。私はなんにもできなくなったのに、まわりの人が私のことをいらない人間って思わなかった。うれしかった。懸命に生きないといけないと思いました。

左側の手足が自由になりません。当たり前にしていた歩くことも、食べることも、簡単にできなくなりました。一人では歩けないけど、装具をつけて、人に支えてもらって、少し歩けるようになりました。ほら見て。五メートルぐらいしか歩けないけど歩けるって、とてもステキ。ちょっと歩けるかどうかで、顔を洗う時も、トイレも、着替える時も、うんと便利になりました。

はじめのうちはものが咽を通らなかったけど、少しずつ食べられるようになりました。うれしかった。幸い右手足が動くことに気がついて、残った機能を上手に使って生きることに決めました。倒れて、十六年も経ったのよ」

絶望から立ち上がる時、何が一番力になったかを聞いた。「人間になりたかった」と言う。当たり前のことがしたかった。病気になって初めて、いろいろな人のお陰で生きているのだということがわかった。病気になってからのほうが世界が広がったと、子どもたちに話してくれた。

六年生の男の子が言った。

「歩けるなんて当たり前と思っていたけど、歩けることがすごいことなんだと気がつきました。ぼくは走るのが遅いので、自分の足が嫌いでした。大切なことを教えてくれてありがとうございます」

おばあちゃんがうれしそうな顔をした。

「それは素敵。ワンダフル。いいことに気がついたわね。私は大切なことに気がつくのにとても時間がかかってしまいました。三年間も、なんで私がこんなつらい目にあわなければいけないのって泣いたり、うらんだり。やっと、やっと感謝ができるようになりました」

おばあちゃんは最後にこう締めくくった。

「みんなが来てくれて、うれしかった。私の話を聞いてくれて、ありがとう」



※この記事は『新版 へこたれない』より一部を抜粋して作成しました。

最終更新:8/20(月) 11:06
女性自身

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