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元最高幹部が明かす 「高倉健」と「山口組」の知られざる交流

8/22(水) 5:55配信

デイリー新潮

 多くの伝説を残して世を去った俳優・高倉健(享年83)と、日本最大の暴力団には浅からぬ縁があった。「週刊新潮」では、没後半年にあたる2015年5月21日号で、ジャーナリスト・山川光彦氏の寄稿による高倉と山口組にまつわる数々の秘話を掲載した。昭和映画史の知られざる内幕をあらためてご紹介しよう――。(※データは本誌掲載時のもの)

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 83年の生涯を「国民的映画俳優」として演じ切った高倉健(本名・小田剛一)が逝って半年が経つ。来る6月にも「八甲田山」「海峡」のロケでゆかりのある青森の県立美術館で異例の特集上映が予定されるなど、いまだその人気が衰えることはない。

 死去直後には、長嶋茂雄をはじめ各界からその死を悼む悼辞がよせられたのは記憶に新しい。だが、国民的スターへの哀悼の想いを胸に、その心中を表明する場を与えられなかった人たちもいる。

 裏社会の住人たちである。なかでも、実在のモデルに取材したヤクザ映画を量産した東映の看板スターだった高倉と、日本最大の暴力団組織・山口組の縁は浅からぬものがあった。

 当時を知る芸能関係者が解説する。

「東映入社後、しばらく芽が出なかった高倉健は、時代劇などで人気絶頂の美空ひばりらの相手役を務めることも多かった。ひばりの後見役が、山口組中興の祖・田岡一雄三代目だったのは周知の事実です。当時、田岡氏は日本有数の芸能プロ『神戸芸能社』を率い、ひばり以外にも鶴田浩二、清川虹子、ディック・ミネ、若山富三郎、伴淳三郎ら名だたるタレントと公私にわたる関係を築いていた」

 ひばりと大の仲良しだった江利チエミと高倉健は1959年に結婚。婚礼の宴には田岡氏も参列した。後年、田岡氏の令息である故・田岡満氏の結婚式には、寺島純子、梅宮辰夫らに混じって高倉の姿もあった。ヤクザと芸能人の垣根が今からは想像もできないほど低かった時代である。

 田岡三代目と高倉の宿縁については後述するが、もう一人、高倉健と終世にわたる厚情を交わした元親分がいる。

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最終更新:8/23(木) 11:01
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