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「垂直」に伸びる道を進む! スカイランナー・五郎谷俊、箱根から初めての“世界”へ

8/23(木) 20:51配信

ベースボール・マガジン社WEB

悔しさを乗り越え、5年目の5区再挑戦

 東洋大学で箱根駅伝の山上りといえば、2009年から12年まで4年連続で5区区間賞(区間新は3回)を獲得し、「山の神」と呼ばれた柏原竜二さん(17年に競技を引退)がおなじみだろう。その柏原さんの後継者として期待を受け、2011年に東洋大に入学したのが五郎谷俊(コモディイイダ)だった。その五郎谷は今、スカイランニングという競技で活躍中だ。スカイランニングとは、簡単に説明すれば、山岳や超高層ビルを駆け上がる(駆け下りるレースもある)競技のこと。まさに、「山上りのスペシャリスト」だ。

 五郎谷の5000mの自己ベストは14分18秒95で、これは遊学館高(石川)2年時にマークした記録だ。高校2年生としてはなかなかのタイムで、この年には、インターハイの5000mで決勝に進出。全国高校駅伝の1区では区間10位と好走した。ちなみに、この年の1区は、大迫傑(Nike)、市田孝(旭化成)、服部翔大(Honda)、中村匠吾(富士通)、宮脇千博、窪田忍(以上トヨタ自動車)、設楽啓太(日立物流)、など、そうそうたる顔ぶれがそろっていた。

 当然平地での活躍も見込まれたが、東洋大のスカウト陣は早くから五郎谷の上りの特性を見抜き、山上りの候補として声をかけていた(今にして思えば、そのスカウトの目には驚く)。五郎谷も「平坦を走るよりも、上りのほうが、みんなよりも前に進んでいく感覚がある」と、上りが得意なのを自覚しており、高3時はケガに苦しんだが、「柏原さんみたいな活躍をしたい」と、憧れの箱根駅伝出場をモチベーションに努力を怠らなかった。

 強豪の東洋大に進んだものの、五郎谷は伸び悩んだ。選手層の厚いチームにあって、記録会等の試合に出ても成績はパッとせず、実力はチーム内で下のほうだった。「本当にやめたいくらい、つらい時期もあった」ほどの挫折感を味わった。それでも、箱根出場への強い思いは絶やさず、「(自分には)山しかない」──その思いで、箱根5区だけに照準に絞り、起伏の多いロードレースや駅伝に出場し活躍を続け、大学4年目にして初めてその役目を手にした。

 しかし、緊張もあって区間11位と振るわず、目標としていた試合で大きな悔いを残した。競技者生活は大学4年間で区切りをつけるつもりだったが、「このままでは終われない」と、留年して競技続行を志願。酒井俊幸監督や両親を説得し、翌年再び箱根の山に挑んだ。そして、2度目の箱根5区は区間3位と活躍をみせた。

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