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「激しい批判をする野党の後ろにも国民はいる」。総裁選出馬を決めた石破茂が語る国会・憲法・沖縄

2018/9/8(土) 8:40配信

HARBOR BUSINESS Online

 9月7日告示・20日投開票の日程で行われる自由民主党の総裁選挙は、野田聖子氏の出馬断念により、安倍晋三氏と石破茂氏の一騎打ちとなった。

⇒【写真】石破事務所に送られてきた激励の手紙の一部

 政党の代表を選ぶ選挙とはいえ、自民党の総裁選となれば、事実上「次の総理」を選ぶ選挙だ。とりわけ、今回の総裁選は、現職の安倍総裁が「次の国会」に党としての憲法改正案を提示したいとの意気込みを示していることもあり、見逃せない。

 しかし、すでに安倍陣営の圧勝が伝えられていることもあり、今回の総裁選は今ひとつ盛り上がりに欠けるのも事実。新聞もテレビもかつての総裁選のように大々的に取り扱うことをしない。ここまでワンサイドゲームとなると仕方のないことかもしれないが、ワンサイドゲームであるということは、挑戦者側―つまり、石破茂氏側―には、それ相当の覚悟があるはずである。

 その覚悟のほどが知りたい――。

 その一心で、総裁選挙に立候補した石破茂氏にインタビューを打診した。

 石破氏サイドはこころよく取材要請に応じてくれたが、なにせ選挙戦を控えた忙しい最中、許された時間は極めて短いものとなった。

 今回のインタビューでは、時間の都合もあり、10%への消費増税や社会保障改革など政策面での質問をあえて行わなかった。そうした質問は全国紙やキー局など、メジャーなメディアがその社会的責務の一環として対応するだろうという判断があったからだ。

 自民党の総裁選管理委員会は今回の総裁選でも報道各社に「公平・公正な報道」を要請している。(参照:自民の総裁選「公平・公正な報道」要求、専門家から懸念/朝日新聞

 報道各社がこの要請を忠実に遵守するのであれば、例えば9月4日の朝刊トップ記事として安倍晋三インタビューを配した日経新聞などが、後日、石破茂氏へのインタビューも、安倍総裁インタビューに費消したのと全く同じ紙幅を割いて伝えるだろう。

 政策面の質問はそれら大手メディアに譲ることとし、今回のインタビューでは、かつての総裁選の経緯、憲法9条改正案、沖縄、そしてキャンディーズについてなどなど、メジャーなメディアが等閑視するであろう質問ばかりをあえて選んでみた。

(聞き手:菅野完)

◆平和安全法制の頃から抱いていた違和感

――結果として安倍さんと石破さんのお二人だけになってしまいましたね。

石破茂氏(以下、石破):そうなっちゃいましたね。

――結果としてこのお二人になったことでとても面白い対比が生まれたなと思います。石破さんの初当選は1987(昭和61)年の第38回総選挙。つまり昭和最後の衆議院選挙で初当選でされています。一方の安倍さんの初当選は1993(平成5)年の第40回総選挙。平成2回目の衆院選でした。昭和最後の中選挙区選挙を知る政治家が、平成の申し子・小選挙区の申し子のような安倍さんと、平成最後の総裁選で一騎打ちになるという対比は極めて興味深いなとおもいます。そこでお伺いします。中選挙区制度時代よりは重責ではなくなったとはいえ、いまでも党の幹事長は極めて重要な役職です。石破さんは、野党時代を含め安倍政権を幹事長という立場でもご覧になられました。そのときにご覧になられた安倍政権の姿は、それまでの石破さんがご覧になられていた自民党とはだいぶ違ったものだったのでしょうか?

石破:幹事長時代には違和感はなかったですね。

――なかったですか。

石破:それは本当になかったです。まずは政権奪取すると。6年前、安倍先生と私が総裁選を戦ったとき、安倍先生は国会議員票の決選投票で圧倒的に勝たれて、地方票では私が多かったですから、地方からあれこれご批判はあったけども、もうそこは安倍石破体制なのだ、自民党はまず政権を奪還するために全身全霊でやろうと。ですから選挙の体制、あるいは党の運営、政策、9月に総裁選があって、政権奪還選挙が12月でしたから、10、11、12の3か月間、本当に全力でやりました。選挙も全力でやりました。幹事長として2年、それで政権奪還したあとの参議院選挙では、岩手と沖縄以外は全部勝って……ということで、選挙も、党のあり方も、政策も、全身全霊でやったので、幹事長時代にはまさに一体となってお支えしてきたつもりです。

――その後、地方創生相として入閣されます。執行部に違和感を抱きはじめたのはその前後ぐらいからの時期でしょうか?

石破:私も幹事長として執行部側でしたから、安倍総理との相違ということでしょうか。まず、政権奪還選挙にあたって、2012(平成24)年に作った(自民党の)憲法改正草案を掲げてやるのだということで一緒にやりました。ですが、憲法改正はすぐできるものじゃない。それまでの間、「安全保障基本法」によって我が国の安全保障政策の基本を定めるべきだということで、これも党議決定をして、政権奪還選挙に臨み、政権を奪取したわけです。もちろんそれをどれだけの方にご理解いただいて投票いただいたかは別ですけども。ここまでが党としての合議です。そこから、安倍総理は、集団的自衛権を一部容認するために「平和安全保障法制」という形にしたものを国会に提出されました。そしてそれを説明するには……。

――と、いうことで担当大臣にされそうになりましたね……。

石破:「平和安全保障法制」は、選挙前に党で決めた内容とは違うものでした。その後、改めて党議決定をして法案を通しましたが、今の憲法下での集団的自衛権は平和安全法制が最大限だということになってしまった。私はそうは思わないのです。集団的自衛権行使については、法律で厳格に制限すべきものではあるが、憲法の問題ではない、というのが以前の党の立場でもあるし、私の立場でもあるんです。

「私は考えを変えましたよ」っていうことであるんなら、わかります。しかし、集団的自衛権の行使については私の政治家としての信念に関わることです。もし私が、信念を通したまま担当大臣になって国会で説明することになったら、閣内不一致と糾弾されて、政権にご迷惑をかけてしまう。ですから大臣はお受けできなかったのですが、その時からかもしれません。違和感を抱くようになったのは。

◆「禅譲」はあり得ない

――今日は聞きにくい質問を先にしようと思いましてですね。あの後、本当は石破さん、総裁選挙結果として無投票となった2015年の総裁選挙に出たかったのではないか?と

石破:あの後? いや。私は、閣僚か党三役でいるときは総裁選に出ませんので。

――無役のときでないと出ない?

石破:そうですね。

――ポリシーとしては御出にならない?

石破:まあ、そういうことです。党三役や閣僚は、その政権に直接の責任を持っていると思っていますので。

――政権に責任を持つ立場の人間が政権を批判するような行為、すなわち総裁選に出て真っ向勝負するということはすべきではないと?

石破:と言うのは私の考えであって、他の人がそうしても非難はしません。

――なるほど。あのときに出られなかったことを実は後悔されてらっしゃるんじゃないのかなと。地方創生相として入閣に応じられたということを今になって後悔されてらっしゃるんじゃないのかなとずっと思っていました

石破:それはありません。

――なるほど。禅譲を期待しておられたわけでも?

石破:それは全くないです。そういうようなことが朝日の何かに書いてあるらしいですけど、地方創生大臣という役職は、私自身、鳥取の出身だし、農林水産大臣もやってきたし、やっぱり農業、漁業、林業、そして地方は、防衛と並んで私のライフワークなんですね。

――お父様(※石破二朗。元鳥取県知事、鈴木善幸内閣において、自治大臣兼国家公安委員会委員長)の時代からそうですね。

石破:はい。地方創生を手掛けるっていうことには、ものすごく自分としてやりがいを感じていたので、あそこで閣僚を受けなくて次に出るとか、閣僚を受けて禅譲とか、考えたことはありません。

――党から求められた役職を全うして、政権から求められた役職を全うして、しかもそれがご自分のライフワークと合っていたから務め上げようとされたわけですね?

石破:そうですね。それに、禅譲なんてありえないもの。

――無いですよね。いや、これは言外に岸田さんを批判してるわけではないですが(笑)

石破:少なくとも私の知っている中でそんなことはなかったです。

――自民党の歴史上かつてなかった。

石破:おそらくそうだと思います。

――政治ですから、政権というものは権力闘争の結果奪ったものばかりですしね。それがまた自民党のダイナミズムだと思います。この事務所の書棚には、かつての自民党の総理総裁の方々の写真が飾られていますが、この皆さんも戦って政権の座に座られた方々ばかりですものね。

石破:そうですね。

――いや、「石破さんは一時期、禅譲を期待していたのではないか?」とずっと気になっていましたもので。

石破:そんなこと思ったことはありません。

――なるほど。

石破:はい。あり得ません。

◆なぜ安倍首相は平成24年憲法草案を踏みにじったのか?

――もう一つ、石破さんと安倍さんの一騎打ちになって対比が明らかになってよかったなと思うのは憲法の話です。とりわけ憲法9条改正の扱いです。安倍さんは突如、「9条2項に手をつけないで自衛隊明記する」と、自民党の平成24年憲法改正草案を事実上踏みにじることを言いだしました。しかしこれは党内の議論等々全て無視する行為だと、石破さん以前からご指摘しておられます。なぜあんなことを安倍さんが急に言い出されたのでしょう?

石破:それはわかりません。平成24年の自民党憲法改正草案っていうのは、安倍総理が第1次政権をつくる前、幹事長をやっておられたときにおっしゃっていたことと、ほとんど一緒です。ですから6年前の総裁選挙には、安倍先生も、町村先生も林先生も石原先生も、そして私も出ましたが、あの時の街頭演説では、「憲法9条についての考えは、安倍先生と全く一緒ですと」言った記憶があります。

――おっしゃるとおり、そう言っておられました。それに平成24年の憲法草案は、それなりの党内議論を手順を踏んでいってできたもんですから、それを幹事長の立場あるいは、総裁候補の立場として否定するわけにいかないってこともありましょうし。

石破:そうですよね、そもそも幹事長時代の安倍先生のご主張だったし。

――それを今になって急になんで変わったのでしょうか?

石破:よく分かりません。何か、優先順位を変えるきっかけがあったのでしょうか。

――安倍さんの主張をみていると、自民党改憲草案ではなく、「9条2項はそのままで第3項を追加し自衛隊を明記する」という案は、「自衛隊は違憲であるという学説を封じ込めることが目標」だそうです。党議の推移から考えると安倍さんの主張は理解しがたいはずのものですが、いまになって急に、安倍さんの支持者たちが、正当化するために大キャンペーンを張っているところでして、それも奇怪だなと思っていたところです。

石破:たしかに、不思議な感じがしますね。

◆厳しい質問をする野党議員の後ろにも「国民」がいる

――聞きにくい質問が終わったのでちょっと砕けた質問を……。これネットの世界を中心になんですがもう長年、このキャンディーズを囲む写真が石破さんではないかという話がながれておりまして……。

石破:それは私ではありません。まったく別人。

――コンサート等には行っておられました?

石破:コンサートには行っていません。僕は陰からそっと見守るほうだった。

――僕はランちゃん派なんですけど。3人の中ではどなたが?

石破:私はミキちゃんですね。まったく関係ないです、その写真は。

――これで長年の疑問が解消しました(笑)。さて、次に国会対応について伺います。実はこのインタビューに先立って、野党の議員を中心に、石破さんについての印象を聞いて回りました。皆さん異口同音におっしゃるのは「石破さんほど国会を大事にする自民党の代議士は最近少ないのじゃないか」という点です。昨日話を聞いた野党議員は、「質問の際、後で石破さんがうなずいてくれているのを見ると、今回の質問は芯を食っている質問だったと自信がつくんだ」と言っていました。これは一有権者として予算委員会の中継などを見ている時の印象と同じです。テレビの中継で、与野党問わずいい質問がでると大きく頷いたり感心した表情をしたりされる石破さんの姿をみると「そこまでやる必要ないんじゃないかな」と思うほどです。「当たり前だ!」と言われるかもしれませんが、なぜそこまで国会審議を大事にされておられるのでしょうか?

石破:それは、国会って、「わかってください」っていう場だと思っているからです。ただ時間を消化するではなく、事情や主張を「わかってください」「理解してください」と正式に主張できる場だと私は思っているんです。

 少し割り引いて聞いていただきたいのですが、私が防衛庁長官のときに、参議院選挙がありました。その時、その選挙で引退されるっていう共産党の参議院議員が、防衛庁に訪ねてこられたのです。秘書官たちはびっくりして、共産党の議員がアポをとって防衛庁長官のところに来るっていうのは例がありませんから、どうしましょうかっていうから、「いいじゃないか」って言ってお会いしました。1人で来られました。吉岡さんという方です。その方がおっしゃったのは、「私は今回で引退するが、その前に一言だけあなたにお礼を言いたかった」と。「あなたと私の主義主張は全く違う。今でも違う。だけどあなたは私の質問に正面から答えてくれた。共産党だからって等閑視するんじゃなく、一生懸命答えてくれた。それが嬉しくて引退するにあたってお礼を言いにきた」と。これは私の一生の誇りです。

 我々は法案を通そうと思ってやってるわけです。当時であれば有事法制、米軍支援法制、イラク特措法、テロ特措法などでした。国会の場で、たとえ賛成していただけなくても、少なくとも政府が言わんとしていることは理解したと、そう言っていただけるようにしなければならないと私は思っているし、野党議員は激しく攻撃してくるけれど、その向こうには多くの支持者がいるわけで、憲法で定められているように、全国民の代表者として、彼らは我々に質問しているのです。とすれば、野党にもわかってもらおうとする努力は、そのままその向こうにいる有権者、支持者にご理解を頂くことだし、それは政府与党として当たり前の責任だと思います。

――それが多分、ここ6年間見られない光景、なんでしょうねぇ。

◆本土からの米軍基地移転への贖罪感がないと沖縄は始まらない

――もう一つ質問です。今回の総裁選挙の特徴は、奇しくも沖縄県知事選挙と同時並行になったことだと思います。とりわけ、今回の沖縄県知事選の争点は、普天間から辺野古への移転です。一部には、「石破さんこそが、幹事長時代に、沖縄の自民党の態度を辺野古移転に変えさせた張本人だ」という意見が根強くあります。いま、沖縄がああいう状況で、翁長知事もああいうことをされてこられた中で、辺野古移転について石破さんは、いまどのようなご見解を持ってらっしゃいますか?

石破:辺野古移転は、少なくとも今の普天間基地が続くという「ワースト」な状態を若干なりとも改善する、という意味があると思っています。羽田の拡張でも、あるいはセントレアでも、関西空港でも、神戸空港でも、もう「成田空港の轍は踏まない」ということで、危険性を最大限に回避するためには、洋上に出すしかないということでやってきたはずです。

 私は防衛庁長官のときに何とかメガフロートでできないか、くい打ち桟橋方式でできないかと主張しましたが、当時の小泉総理は現行案で決定されました。とにかく、今の普天間基地は最悪の状況であるということ。それを少しでも改善をしようと思えば、洋上に出す形しかなく、メガフロートだったらなお良かったのではないかと思います。

 騒音にしても、例えばきちっと決められたルートを飛んでくれってのは、日本政府としてもっと言わなきゃダメで、今の普天間でもその辺は改善の余地が相当にあると思っています。普天間だけでなくどこでも。そこはもう一回でもそれを破ったら、日本政府として、飛行差し止めぐらいのことは言わなければならないと思います。米軍機は航空法の例外になっていて、法的権限には限界がありますが、そこは外交交渉として主張すべきです。しかし、事故の危険性や騒音などは、洋上に出すことによってかなり低減されるのも事実です。なおかつ、辺野古のように滑走路と弾薬庫と訓練場が近接しているのは、今みたいに距離があるときよりは効率的ですし、移動時のリスクも少なくなります。だから「今よりも少しはよくなる」ということであって、ベストとかベターとかいう言葉は使えませんが、ワーストではなくなるということで申し上げてきました。その方針を政府として決定しました。当時から沖縄の自民党は反対でしたけれども。

――6人全員反対でしたね。

石破:しかし党として、彼らを説得するしかない。それは党の責任者たる幹事長がやるしかない。辺野古容認の判断をしたのは、沖縄選出の彼らではありませんということを示す必要がありました。「これは、自民党の幹部が決めたことですよ。沖縄の自民党議員が決めたことではないよ」と示さなきゃいけなかった。ただ、私の配慮が足りなくて写真はまるで私が言い渡しをして彼らが項垂れているような構図になってしまった。

――そうですね。あの頃の写真はそう見えますね

石破:それはそれで仕方がありませんね。とにかく沖縄の議員には責任を負わせたくなかったということです。私が悪く言われてもそれはしゃあないと、少なくとも沖縄の議員たちが、自分たちが一生懸命反対してきたのだということだけは見せてあげたかった、というのがありました。

 ですが、これから先、知事選もありますが、我々自民党として、まずやらなきゃいけないのは、沖縄に本当に申し訳ないという思いが持てるかどうかだと思っています。

 私も、幼稚園や小学校の頃でしたから記憶があまり定かではないのですが、昭和30年代は反安保、反米の雰囲気もものすごくあって、私の田舎でも宣教師の娘さんがいたんです、エルガーちゃんっていう子でした。そんな5歳6歳の子どもたちでも、何もわからないのに、沖縄返せとか、安保反対とか言っていたなという記憶がすごく鮮明にあります。昭和30年代にそういう反基地・反米闘争が、ものすごく本土で盛んになった、だから日本の主権の及ばないアメリカの施政下の沖縄に移しちゃえっていうのがあって、岐阜とか群馬とかにあった海兵隊の司令部も沖縄に移すと。日本のあちこちにあった基地を、米国の施政下の沖縄だったら文句は言われないだろうということで移駐したんです。それはつまり、沖縄の犠牲によって本土の基地が減ったということです。これは知らない人が多い事実だと思います。米軍基地があれほど集中しているのは、米国の施政下にあった沖縄に移した結果なのですから、それを沖縄がワガママ言っているとか勝手言っているとか、それは完全な事実誤認であって、沖縄のおかげで本土の米軍基地が減ったのだ、ということがまず原点であるべきだと思っています。沖縄であの戦いがあり、広島と長崎に原爆が落ちて、戦争は終わるわけですが、この、唯一地上戦が行われた沖縄の犠牲、そして、米軍基地の本土からの移転に対する真摯な気持ちがベースにないと、お話はまったく進まないだろうと思っています。

◆辺野古以外の選択肢も検討の余地はある

――これ、あえて聞きにくいことを聞くのですが、もしその「沖縄の犠牲」を意識するというのであれば、普天間の移転が辺野古ではなくて県外っていうチョイスってのは、石破さんの中では今後、検討の余地はあるのでしょうか?

石破:辺野古基地への移転は、こんなに時間がかかっているけれども、第一次案でしかないのです。その先にどれだけの機能や基地を国内外に分散できるか、という検討の余地は当然あるべきだと思います。ただそこにおいては、地政学と言うとよくわからないかもしれませんが、軍事合理性という観点が常に必要です。

 軍事というのは「時間と距離の壁」をどう克服するか、という課題を常に抱えています。例えばいまオーストラリアが作っている高速輸送艇、あれは今までの常識を変えるほどのスピードで人員や兵站を運べるわけです。そうすると「時間と距離の壁」は今までほど高くない、ということになる。

 昔だったら敵が来るのは陸路で何か月単位、で、それが海路で何週間単位、飛行機によって何時間単位になり、ミサイルは何分単位になって、距離の壁はどんどん低くなっていくわけですね。

 沖縄の海兵隊というのは、どのみち主力艦は佐世保から持ってくるわけですから、軍事合理的にどうなんだと言うことは常に検証されなければいけないと思っています。常に検証していれば、どこかで「沖縄でなくてもいい」ということがありうる。その負担軽減のために、本土のどこかでも大丈夫なのではないか、あるいは数を削減できるのではないかということを検討し続けなければいけない。

 もう一つは沖縄の負担っていうのは具体的には、騒音、事故、犯罪などですが、それが「米軍によるもの」という心理的な負担も大きいと思います。これらは、基地の管理自体を自衛隊が担うことができたら変えられるのではないか、と思っています。

海兵隊の任務については、「殴り込み部隊だ」「外征軍だ」とだけ言われがちですが、本来的な任務としては、島嶼防衛であり邦人救出なのです。陸海空軍という大きな組織では小回りが聞かないので、陸海空軍のエッセンスを凝縮した形の海兵隊がつくられた、そして海兵隊のみがなし得る、即応性の高い任務というのがある。

 アメリカの海兵隊は領事機能も一部有していて、パスポートも出せます。翻って、これだけ海外に日本人がいて、それがみんなアメリカに助けてちょうだいとか、トルコ航空に乗っけてちょうだいとか、それはもう無理です。私は、防衛庁長官になった26年前、「何で日本には海兵隊はないの」っていう話をしました。ようやく陸上自衛隊にも海兵隊的な機能を持つ部隊ができてきています。これが任務を代替できるなら、その分減らせるアメリカの海兵隊の部隊というのはありうるはずだ、と思っています。

◆「日本政府は米軍と国民どっちの味方だ?」と思わせてはいけない

――なるほど。防衛庁長官のときに、ヘリコプター墜落事故(※2004年8月13日、沖縄県宜野湾市の沖縄国際大学構内に、米海兵隊のCH53大型輸送ヘリコプターが墜落、 爆発炎上する重大事故)を経験されてらっしゃるので、多分、他の自民党の代議士の先生方と体の芯で捕らえ方が違うだろうなあとは思っていましたので。

石破:あのヘリコプター墜落事故で、命を落とした人がおられなかったのは奇跡だと思いました。今度同じことが起こったらどうなるのだという恐怖感は、私の中にはすごくあります。今度もし人的な犠牲が出たら、日米同盟自体が危機に瀕します。国民が、「日本政府ってどっちの味方なんだ」っていう思いを持つようなことは絶対にしてはいけないと思っています。地位協定の改定についても、今まで確かに一歩ずつ「運用の改善」を重ねてきましたが、抜本的に対等性を高めることもできると思っています。例えば、自衛隊の訓練場を米本土に常駐してはどうか。陸、空は、日本のこの狭隘な国土からいって、十分な訓練ができませんので、今でも臨時という形で米国での訓練を行っています。それを常設にすれば、アメリカにおける自衛隊の地位というのは、日本におけるアメリカ軍の地位と同一でなければおかしいわけですね。このような形で、完全に対等な地位協定を実現するということは、やってみる価値があると思っています。このような努力を積み重ねて、万が一の事故が起こったときにも、日本政府は日本国民の味方なんだ、という当たり前の話ですが、そういう意識を国民に持っていただくことが重要だと思っております。

◆「青い鳥」はいない

――では最後の質問ですが、最近石破派の若い先生がたの言動を見てみますと、石破さんを支えるために、ものすごく奮闘されておられる印象を受けます。例えば後藤田正純さんが、「総裁選の最中に、安倍首相が不要不急の外遊入れた」という事をフェイスブックで批判されてましてですね、これは僕はもう誠に正論だなとは思うんですが、非常に奮闘されておられる。これは言ってはいけない言葉かもしれませんが、もしこの後総裁選で石破さんが負けてその後冷遇されるようなことがあったら、いま奮闘されている若い人たちが「党を割って出るぞ」ぐらいのことをいいかねないなと思っているのですけども、もしそのようなことが総裁選後にあった場合、どうされますか? 

石破:うちの水月会のメンバーは、「ポストとカネが欲しければ、石破派なんかいないよ」って言い放つことのできる人たちなので。この総裁選を通じて、すごく確信しているのですけど、本当にみんな政策的にも政治的にもそれぞれ非常に能力の高い議員の集まりなんです。

――今回の総裁選では、2回だけ公開討論が予定されています。どういう気持ちで臨まれますか?

石破:そこはもう私の悪い癖で、くだくだいろんなことをいうところがあるので。やっぱりそれでは討論としてうまくないと思っています。ですから、見ている側にどのように映るか配慮していきたいとおもいます。安倍総理が現職総理として示される実績、それに対して私が示すべきは、その先の政策です。見ている人が石破の言ってる政策がいいんじゃないのっていうふうに思ってもらえるディベートにしなければいかんと思っています。

それからあの……党を出るとかは、私一回出ているんで、「青い鳥はいない」っていうのはよくわかっているつもりです。一回出てみて。あの時、「小沢一郎先生こそが真の保守だ」と思って、私は不信任案に賛成して無所属で当選して、その後自民党籍に戻りました。小沢さんは「真の保守」ではなかった、ということに気付いたときのショックは大きかったです。

――何きっかけで気づかれました?

石破:それは、一番は、「新進党で総選挙戦う」となった解散のその日にFAXが来て、「集団的自衛権は認めない」「消費税は21世紀まで3%に据え置く」っていうのをみたときでしょうね。その前に、すでに「小沢-羽田闘争」、つまり小沢先生と羽田先生で代表の座を争う、それが派閥抗争化する、という状態になっていて、なんなんだこれは、って思いましたし。あの公約が最後通牒のようなものでした。所詮、人の集まりだから、自民党だろうと新進党だろうと同じことがあるのだと。ただ自民党の強さっていうのは、地方に根を張っているということです。ですから、どの党でも理想は描けるんでしょうが、地方に根を張ってる自民党っていうのは強いんです。この自民党からみんなで国を変えるしかないと私は思って、何度も総裁選にチャレンジしているのです。今回も、ぜひ見届けてください。

*      *     *

 足早にすすんだインタビューだったが、石破氏はいささか不躾なこちらの質問にも忌憚なく答えてくれた。

 中でも興味深かったのは、憲法9条改正案についての見解の違いだ。「自衛隊違憲論を封じこめるため」を改憲の理由にあげ9条1項2項はそのままで第3項で自衛隊明記を主張する安倍氏、平成24年自民党憲法草案に忠実に2項を削除したうえ国軍の創設とシビリアンコントロールを明記すべきだと主張する石破氏。

 繰り返すまでもないことだが、自民党総裁選は、事実上、我が国の首相を選ぶ選挙である。泣いても笑っても、その選挙はこの二人で戦われる。

 ちなみに、本サイトも自民党総裁選管理委員会の「公平・公正な報道」要請に従い、安倍晋三氏側にも取材要請を出している。取材要請が通れば、今回の石破茂氏インタビューと同じように菅野がインタビューし、同じ文字数を割いてお伝えする予定だ。

 なお、安倍氏サイドからは、まだ返答を頂いていない。

<インタビュー・構成/菅野完 撮影/菊竹規>

すがのたもつ●本サイトの連載、「草の根保守の蠢動」をまとめた新書『日本会議の研究』(扶桑社新書)は第一回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞読者賞に選ばれるなど世間を揺るがせた。現在、週刊SPA!にて巻頭コラム「なんでこんなにアホなのか?」好評連載中。また、メルマガ「菅野完リポート」(https://sugano.shop)も、目下どこよりも早く森友問題などを解説するメディアとして注目されている。

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最終更新:2018/9/8(土) 8:40
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