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「遺影」を荒木経惟が撮影!樹木希林、その半生と家族を語る [FRaU]

9/19(水) 16:40配信

講談社 JOSEISHI.NET

祈る女性の手――。それだけを写した、一枚の写真がある。今からちょうど10年前、2006年 3月7日に文京区の護国寺で、演出家・久世光彦さんの葬儀が営まれた。遺影は、写真家の荒木経惟さんが撮ったものだ。荒木さんは、出棺の際に隣で手を合わせていた女性の手の美しさに目を奪われ、思わずカメラのシャッターを押した。女優・樹木希林さんの手だった。

「何かの時は花がイイ」

荒木経惟さん(以下、荒木):何かのときは花がいい。花で決まりですよ! ヨシッ、今日は花からいきましょう!

樹木希林さん(以下、樹木):いやっほぅ、撮れーっ!!!

いつかポートレートを撮りたい。そのときは、希林さんの手の写真を収めた『東京人生』という写真集を手渡したい。かねてから、荒木さんはそう話していた。

この日、フォトセッションが始まる前に、荒木さんは希林さんに2冊の写真集をプレゼントした。「盗み撮りしちゃってスイマセン」と言いながら『東京人生』を。もう一冊、自身のデビュー作である『センチメンタルな旅』の復刻版には、その場で、「キキキリンスキアラーキー」とサインした。なんだか「キ」が多い。邪キに元キに陽キに英キ、意キに本キに勇キにキ合……。

実際、撮影はエネルギーを表す気と気のぶつかり合いと相成った。最初に、「花からいきましょう!」と決断したのは荒木さんだ。希林さんが自ら用意した衣装は、花柄のブラウスが3枚と、娘婿である本木雅弘さんが家に置いていったシャツを袖上げしたものが2枚。荒木さんは、最初に花柄のブラウスを選んで言った。「何かの時は花がイイ」と。

 
希林さんは撮影の時、スタイリストもヘアメイクもつけない。全部自分で準備する。

「テレビ局なんかでついていてくれるときは別としても、たとえば映画の宣伝なんかでわざわざつけたりすると、宣伝部に負担がかかるわけでしょう? 私の中には、『宣伝部が(費用を)出すならいいじゃない?』という感覚はないの。かといって、『じゃあ私が出します』というほどのものでもない。だって、そのために大勢の人が動いたところで、大して成果も上がっていないのを見てるから(笑)。効率を考えたら、つい『自分でやったほうがいい』と思っちゃうのね」

着替えも早い。メイクも、「一応ね、頬紅だけ塗ってみました」と、一瞬で済ませてしまう。本木さんの実家のお土産だという和菓子を差し入れ、そこにいるスタッフ全員に配る。とにかく残さないように、無駄を出さないように、徹底的に気配りをする。洋服は買わず、家族が家に置いていったものを自分でサイズ調整したり、リメイクしたり。現在暮らしているコンクリート打ちっ放しの家にも、家具はほとんど置いていない。12年前に乳がんを患い、’13年には“全身がん“であることを告白した希林さんは、「自分の身を始末する感覚で、毎日を過ごしている」のだそうだ。

 
なんだか仙人のようであり、菩薩のようでもある。でも、希林さん自身は、自分のことを「母性も慈愛もない、性質(たち)の悪い人間」だと断言してはばからない。

「だって10代の頃なんかは、人と諍(いさか)うのが楽しみなくらいだったから。諍っていると、その人のいちばん嫌なところや、隠そうと思っている悪い部分がズンって引き出されてきて、それが面白かった。最初は役者の目で見ているんだけど、人が自分の手の平の上で転がされているような感じになってくると、なんだか愉快で(苦笑)。

ね、絶対に友達にはなりたくないタイプでしょう? でもそれがあったから、“役者でやっていけるかな“と思った。一般の社会だったら、とっくに抹殺されてるわね。女優だったからこうして何とか残れたわけで……。ただ、女優として芽が出ている人は、多かれ少なかれそういうところがあるはずですから、いくらキレイでも奥さんにしないほうがいい、と私は思います。“キレイなんて、一過性のものだから“って男優さんには言ってるの(笑)」

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