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JR7社の「収益格差」どうすれば解決できた?

9/19(水) 6:00配信

東洋経済オンライン

 現代の世の中は変化が激しく、十年一昔どころか「一年一昔」と言ってもよいほどの状況だ。重厚長大で、どちらかというと20世紀の産業遺産のようにとらえられる鉄道も例外ではない。レールの上を鉄の車輪を装着した車両が走るという、一般的な鉄道という形態そのものは19世紀から変わっておらず、これからも同じ姿を保ち続けることだろう。

 だが、鉄道の役割であるとか、もっと言えば必要性は未来の社会の動向に応じて変化していくことは間違いない。大手・中小の各私鉄や公営、第三セクターの鉄道と比べると、JR7社は営業エリアが広大で組織も巨大だ。ただし、これからも安泰かというと、そうとは言い切れない。

■JRはどのような理念で発足したか

 一般にJR北海道、JR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、JR貨物と呼ばれる7社は2017年4月1日に発足から30年を迎えた。JR7社の姿はいまでこそ空気のように当たり前に感じられるが、国鉄時代には想像もつかなかった。分割民営化の計画が発表されたときでさえ、少なくとも筆者にはその全貌をつかめなかったことを覚えている。それだけ現実味に乏しかった。

 政府が1983年6月に設置した日本国有鉄道再建監理委員会(以下委員会)は、国鉄の分割民営化案を策定し、1985年7月、中曽根康弘総理大臣に答申する。答申書は「国鉄改革に関する意見―鉄道の未来を拓くために―」という題が付けられ、国鉄はなぜ分割民営化されなければならないのか、そして新たに誕生する今日のJR7社はどのような姿とするのが最良であるのかといった点がいま読んでもわかりやすく説明されていた。

 国鉄の分割民営化についていまひとつ理解できなかった筆者は一般にも公開されたこの答申書をむさぼるように読んだ――。

 と、言いたいところだが、実はざっとしか目を通していなかった。しかし、改めて熟読すると、いまさらながら大きな発見を得ることができた。というのも、JR発足から30年という歴史を積み重ねてきたなかで、JR7社がどのような理念で送り出されてきたかがつぶさに理解できたからだ。

 国鉄を分割する際にさまざまな案が出されたなか、なぜ今日の姿に落ち着いたのか、そしてそのほかの案はなぜ採用されなかったのかが詳しく記されている。資料としての価値は極めて高く、そしていまでは目に触れる機会も少なくなった文書なので、少々長めに引用しよう。

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