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タイで500万人の命を救った男。90年代、拡大するエイズ感染を止めた英雄を直撃(2)

9/29(土) 15:40配信

HARBOR BUSINESS Online

 筆者は7月、タイで500万人以上の命を救ったということで国民的英雄と崇められている、ウィワット・ロジャナピタヤコーン博士(以下Dr.ウィワット)について紹介した。(前回参照:「タイで500万人の命を救った男。90年代、拡大するエイズ感染を止めた英雄を直撃」)

 タイの名門マヒドン大学の教授で、2009年にはタイの売春婦全員にコンドーム着用を徹底させた功績を認められマヒドン王女賞を受賞した人物だが、日本ではほぼ知られていない。

 前回まではタイでHIVが爆発的に広まった時期のことを述べていったが、そこでDr.ウィワットはどのような手を打ったのか。

 一番の理想を言えば、売春宿をすべて潰して更地にしてしまえばいい。しかし、それは人間の性から考えても、政治的にも社会的にもほぼ不可能である。

 世の男どもがみな三国志に登場する諸葛亮孔明のように愛妻の自死後は一切女色を絶つ、となればそういうことも可能だろうが、そんなことはあるはずがない。また、急に売春宿を潰してしまったら貧しくて教養も職歴もない売春婦たちはその後どうやって食っていけばいいのか。とにかく、現実的ではない。

 だが、仮に性産業が続いたとしても、コンドームさえ使えば性病の拡散は防ぐことができる。Dr.ウィワットはこの一点に力を注いだ。

「もっと言うと、かつては週に一度売春婦に性病検査を義務付けていました。しかし、これでは拡散を止めるのに効果はありませんでした。テレビのCMで有名タレントを使うこともありましたが、これも効果はありませんでした」

 Influencerの中で指摘されているが、問題がどのようなものであれ方策が十個あるとして、実際に効果を発揮するのはそのうち一つか二つである。まさに20:80の法則だ。インフルエンサーになる秘訣は、その中で最も効果がある対策一つだけに全ての力を注ぎこみ、ほかのすべてを切り捨てることである。

 だが、これこそ言うは易く、行うは難しの典型例である。考えても見てほしい。大人であれば、コンドームさえ使用すれば性病感染と望まない妊娠を防ぐことは誰でもわかっている。それ自体はDr.ウィワットの発見でもなんでもない。しかし、一時の快楽に負けて男はコンドームを使用しない場合がままある。

 また女性側にもメリットがある。仮にタイの売春婦全員がコンドーム着用を実践しているとしよう。

 そんなとき、どうしてもコンドームなしで行為をしたくなった男がいるとして、女性側が「余計に150ドル払ってくれるならゴムなしでどうぞ」と言ったらどうなるか(註:筆者はウブでその道の相場はよく知らないので、ここで出す値段は全て推定である。決して、バンコク繁華街の平均価格ではない)。

 しかも、すべては密室の中で行われ、女性側は瞬時に150ドルの臨時収入を受け取ることができる。実に簡単に抜け駆けができるのである。

 また、すでに勃起して理性が落ちている男が「ナマでやらせろ」と女性側を脅迫したり暴力をふるったりする場合もないとはいえない。かたやカネを払う側の力がある男がいて、かたや貧しくて教育程度も低く、体も小さく力も弱い女性だとするなら、ゴムなしでのしかかってくる男にどう対抗すればいいのか。

 つまり、この物語は一見医学と教育の話に見えるが、その実非常に高度な組合作り・連帯組織の維持という政治とリーダーシップの話なのだ。

◆風俗街のコンドーム使用率が13%から100%に

 筆者は、100%コンドームキャンペーンを実施するにあたり、まず何をしたのかDr.ウィワットに聞いた。

 博士「保健省の役人として私がバンコクから派遣されたのはラッチャブリという地方都市でした。そこに12,3軒の“娯楽施設“がありましたから、そこの経営者を呼び出しました」

 筆者「でも、そういう経営者が、簡単に呼び出しに応じるものですか? 私なら、そんなもの行きませんよ」

 博士「そこは警察の力を借りました。警察が営業停止をちらつかせて呼び出せば、それは行くしかありませんからね」

 筆者「それで納得がいきました」

 博士「そこで私が説くわけです。君たちの“娯楽施設”で何が行われているかはわかっている。患者がお宅で病気をもらったと証言している。だが証拠がないから現時点で逮捕はできない。コンドームさえ全員に使わせれば、性病は発生しないからお宅の施設は政府からは目に見えない存在になる。全ての“娯楽施設”でゴム使用を徹底すれば、客の質もよくなり、働く女のコたちも病気をもらうことはなく、健康に長く働けて店の売上も上がるではないか」

 こうしてラッチャブリにおいてコンドームの無料配布が始まった。

 今度は、女性側の説得だ。貧しさから夜の仕事に入った女性にとって、ゴムなしで手に入る臨時収入はあまりにも魅力的に違いない。どのように諭していったのか。

「それまでのコンドーム使用率は13%前後でした。仮にそれで性病をうつされたとしても安い薬で治療できましたからリスクとリターンを考えたときにコンドームなしの快楽のほうが大きかったのです。しかし、エイズが広まるようになってからは、治療薬がないことが知られるようになっていましたからその恐怖を説けば女性たちを説得することができましたね。何より、それでもゴムを使いたがらない男がいるとするなら、もうHIVに感染して感染予防などどうでもいいと考えている可能性が高いのです。その点を強調しましたね」(ウィワット氏)

 次に、暴力の問題である。

 密室の中で理性を失った男、というか獣がコンドーム使用を拒否してか弱い女性に襲いかかるときはどうすればいいのか。

「もちろんそういう場合も考えられます。それを防ぐには、部屋の中に必ず警告文を貼りだしておくことです。“サービスの提供に際しては、コンドーム使用が義務となります。万が一、お客様が暴力的行為に及ぶ場合は、即刻女性がマネージャーに通知いたします”いかなる形においても、コンドームなしのサービス提供はありえないのだという方針を明示しておけばよいのです」

 ラッチャブリで圧倒的成果を出し、周辺地域でも成果が認められた100%コンドーム使用キャンペーンは、当時のアナン・パンヤラチューン首相によりタイ全体に広がることとなる。

 次回は、Dr.ウィワットがいかにしてこのような影響力を国内外で得ることができるのか、そこに絞って語っていきたい。

【タカ大丸】

 ジャーナリスト、TVリポーター、英語同時通訳・スペイン語通訳者。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。’10年10月のチリ鉱山落盤事故作業員救出の際にはスペイン語通訳として民放各局から依頼が殺到。2015年3月発売の『ジョコビッチの生まれ変わる食事』(三五館)は12万部を突破。最新の訳書に「ナダル・ノート すべては訓練次第」(東邦出版)。

 雑誌「月刊VOICE」「プレジデント」などで執筆するほか、テレビ朝日「たけしのTVタックル」「たけしの超常現象Xファイル」TBS「水曜日のダウンタウン」などテレビ出演も多数。

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最終更新:9/29(土) 15:40
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