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1年前はテスト生、今や本塁打王争い。DeNAの救世主ソトが覚醒した理由。

9/30(日) 11:31配信

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 今季、横浜DeNAベイスターズにおいて打線の救世主となったプエルトリコ出身のカリビアンは、約1年前、日本では“無名”だったころの自分を思い出す――。

 DeNAが日本シリーズでソフトバンクと戦っていた真っ只中の10月31日~11月1日、初来日した当時28歳だったネフタリ・ソトは横須賀の二軍球場でDeNAの入団テストを受けていた。NPBへの挑戦は、米マイナーリーグで伸び悩み、新天地を求めた自らの売り込みだった。日本で活躍できれば、きっと道は拓けるはずだ。

 ソトはテストを終えると、その足で試合が行われていた横浜スタジアムへ向かった。カクテル光線の中、王者ソフトバンクに劣勢を強いられながらも必死に食らいつくDeNAの選手たちの姿がそこにはあった。

 横浜ブルーのユニフォームをまとい戦う未来のチームメイトを見てソトは思った。

 「早くこのチームの一員になって、結果を残したい」

HR量産でCS争いの原動力に。

 今季、その願いを叶えるがごとくソトは十分すぎる結果を出し、今やチームになくてはならない存在になっている。

 シーズン終盤まで規定打席未到達だったが本塁打37本(以下データは9月27日現在)、打率.306、OPS.985という数字は、言うまでもなくクライマックスシリーズ争いをするDeNAの原動力になっている。

 打順は2番、3番、5番、6番と目まぐるしく変わるも見事に順応し、また守備では本職のサード、ファーストではなく、過去あまり経験のない外野とセカンドを任され、若干不安定ながらもチームに多彩なオプションを与えている。

 「任されたところをやるだけです。戸惑うこともあるけど、しっかりと準備したい」

ラミレス監督とロペスの存在。

 ソトの日本野球へアジャストするスピード感の源になっているのが、その練習量だという。入団からソトをかたわらで見てきた通訳の天野祥氏は次のように証言する。

 「最初は日本の練習量の多さに驚いていたんですが、トレーニングが好きな彼にとってはそれがむしろ良かったみたいですね。たくさん練習することによって、試合への準備ができる。バッティングや内外野の守備、いろいろやっていますが、コーチに止められるまで練習していますからね」

 振り返れば、右も左もわからない日本での生活がスタートした宜野湾での春季キャンプ、毎朝のように早出をし、黙々と特守を受けていたソトの姿がグランドにはあった。

 天野氏によればコミュニケーション能力の高さや日本文化へのリスペクトも環境への適応に一役買っているという。

 「真面目で人懐っこい性格なんです。来日したころはチャモ(ロペス)の後ろについて物静かだったんですが、慣れていくうちにチームメイトと打ち解けて、今ではふざけ合ったりしていますよ。また日本語を覚えようとする意識が高く、学習能力も優れている。オフにはひとりで電車に乗って東京に買い物に行ったり、生活面においても日本の文化を素直に受け入れていますね」

 オンとオフの両面で日本野球や文化にアジャストするという意味では、同じラテンアメリカ出身で日本をあらゆる面で知り尽くした先駆者であるラミレス監督とロペスの存在は大きかったのだろう。

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最終更新:9/30(日) 11:31
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