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トルシエがベトナムの育成世代指導。沸騰する東南アジアのサッカー熱。

10/11(木) 7:01配信

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「最終的な目標は'26年のW杯出場」

 ――長期的なプロジェクトなわけですね。

 「2024年五輪や2026年ワールドカップを視野に入れれば当然そうなる。それに対して短期的な課題は、まだ取りかかってはいないが、数カ月後にアジア選手権を控えた16歳から19歳の世代の育成だ。さらに中期的な課題として、2020年五輪と2022年ワールドカップがあるが、A代表については朴恒緒監督が素晴らしい仕事をしている。だから彼に任せるべきで、私は全力のサポートを惜しまない。彼のチームが10月にここで合宿をする際に、最高の仕事ができるように最善の環境を準備したい。

 また、10月5日から始まる日本での大会向けてU-17代表の選考がある。ベトナム人スタッフとともに、このチームのフィジカル面の準備をするのが私の仕事だ(Jビレッジで開催された『JENESYS 2018 日メコンU-17サッカー交流大会』のこと。本記事配信時点で、この大会は既に終了。日本の3チームを含む全8チームが参加した大会の結果は、上位2チームが日本チーム、3位がタイ代表、4位がベトナム代表となった)。

 そうした小さなミッションからプロジェクトを徐々にスタートしていく。しかし最終的な目標は、2026年ワールドカップ出場であり、そのための長期プロジェクトが最も重要だ」

 ――ベトナム人のクオリティをどう評価していますか? 

 「驚いたのは彼らが創造的であることだ。中国人選手に比べればずっとクリエイティブに思う。ポテンシャルも中国人選手より高いのではないか」

 ――どのレベルでそう言えるのでしょうか? 

 「個のレベルで上回っている。サッカー文化も豊かで、ベトナム人の方がサッカーをよく知っている。また表現力も豊かで、日本人と比較しても優れていると思る。よりオープンで自分をよく表現するしコミュニケーション能力も高く、それがプレーに反映されている。

 日本で私はコミュニケーションの問題に直面した。その点ではベトナム人に大きなアドバンテージがある。

 足りないのは国際経験と国際的な認知度だ。

 海外でプレーするベトナム人はほぼ皆無で、だからこそアンバサダーは必要だ。20年前の日本で中田英寿が海外に出ていったように。それがスタートで、2002年ワールドカップの後にターニングポイントが訪れ、世界が日本を認知するようになった。

 同じターニングポイントはブルキナファソでも経験した。1998年のアフリカ・ネーションズカップが契機となり、多くの代表選手が海外移籍を果たして、自然な流れとしてブルキナは強国の仲間入りを果たした。

 ベトナムはブルキナと比較しうる。まず頭の中の意識変革が必要だ。コンプレックスを取り除くこと。そのためには小さな何かを変えていかねばならない。それが明日にも可能であるならば、すぐにいい結果を得ることができる。もしベトナム人選手が明日にでもJリーグや韓国、ヨーロッパでプレーすれば……。

 ベトナムはまだターニングポイントを迎えていないが、私は悲観してはいない。彼らにはそれを実現できる能力があると確信しているからだ」

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最終更新:10/11(木) 7:01
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