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26歳の若者が見たドヤ街・西成…筑波大学卒業後、就職できず無職に

10/11(木) 16:00配信

週刊SPA!

「正直なんのために生きているのか、わからなくなることもありました」

 いま多くの新入社員たちがようやく仕事にも慣れ始め、次のステップへと進もうとしている頃かもしれない。そんな中、大学を卒業後、4月から無職のまま日本最大のドヤ街と呼ばれる大阪市西成区あいりん地区にたどりつき、土工として肉体労働を行っていた26歳の若者がいる。現在はフリーライターとして活動する國友公司氏だ。

⇒【写真】西成の象徴のひとつ、三角公園

◆就職に失敗…西成の飯場で肉体労働に従事

 筑波大学を7年かけて卒業したにも関わらず就職に失敗。その学歴があればいくらでも働き口がありそうな気もするが、そもそも西成に向かおうと思ったのはなぜか。

「大学3年生のときに大阪で用事がありました。知人が悪ふざけで宿泊先を西成のドヤ(簡易宿泊所)に取ったのですが、初めて見た西成の印象はまさに“楽園”。メディアでは元ヤクザがどうとか犯罪者がどうみたいなネガティブな情報ばかりでしたが、みんな楽しそうに生きているなと思ったんです。路上で昼間から寝ている人がいたり、酒を飲んでいたり。まあ、たった3日間だけだったので、それでなにがわかるんだって改めて思って」

 國友氏は学生時代から『日刊SPA!』をはじめ、細々とライター活動を行っていた。就職先を出版社に絞っていたが、それは叶わなかったのだ。まわりの友人が社会人として働き始めている中、自分に突きつけられた現実は、“無職”である。だが、ライターの端くれとして「1か月間、西成に住めば本を書けるかもしれない」という思いもあった。結局、予定を大きく変更し、78日間も滞在することになってしまったが……。

 土工として飯場(住み込みの寮)に入った國友氏。そこに同年代の若者はいたのか。

「実際に西成で働くようになって、150人ぐらいいる同じ飯場では同年代の若者は10人ぐらいでした。しかし、私のような人間(※オタクっぽい雰囲気という理由で、まわりから“萌”と呼ばれていた)はいなくて。元ヤクザとかワケありっぽい人ばかり……。でも、そんなに悲観している様子はなくて、明るく生き生きとしていました。そこで更生しようとしているんだなって。私は土木未経験だったのですが、若ければ若いという理由だけで働き口はいくらでもありました。やっぱり、高齢者が多いので。ただ、飯場ではたとえ60代後半の老人でも、生活保護は受けようとせず、『俺は自分の力で生きていく』と力強く話していました」

 飯場で精力的に働く人たちがいる一方で、ドヤにとどまり続けている人もいる。

「ドヤに5年間も引きこもっている若者もいました。特に『昔は悪かった』とか『クスリに手を出して』というタイプにも見えなくて。中には、夜になるとスーツを着て出掛けていく女のコもいました。どちらかといえば、ドヤにとどまっている人たちのほうが、わからないことが多かったです。ただ、基本的に自分の経歴って、だれも言わないんですよ。言ったとしても、それが本当か嘘なのかわからない。だから、経歴や過去を聞いたところで、ここではなんの意味もないんです。私が筑波大学を出たといっても誰も突っ掛かってこない。普通に考えてこの街にいるはずないじゃないですか。次第に自分でも他人に対して興味がなくなっていくのがわかりました。相手の話を受け流すようになって……途中で同僚に指摘されてハッとしたのですが、そんな思考停止した状態を西成の人たちは“西成に染まる”と呼んでいました」

 西成では、だれもが自分の“設定”を作って生きている。その設定を塗り固めていくうちに、言っていることがチグハグになっていく。そして、その中でも見栄を張ろうとしたり、自己顕示欲を示そうとしたりするのだ。

「自称“証券マン”の男性は、会社の有給で1か月の間だけ来ていると言ってましたが、スマホすら持っていない。西成の人たちだって携帯電話ぐらい持っているのに。普通に考えたらありえないでしょう。でも、みんなも嘘だとわかっているから、突っ込まないんです。あと、西成で生活をする中でも、“カネ持っているアピール”をする人も多かったです。たとえば、定食屋でひと口食べただけで『こんなもん食えるか!』とテーブルをひっくり返して、『俺はカネ持っているんだ!』とか叫びながら3000円ぐらい置いて出ていくオヤジとか。たぶん、自分の中の小さなプライドを守ろうとしているのかもしれません。店主もそれをわかっているから、気にも留めません」

◆“居場所がある”ということ

 この街が、いろんな人たちの受け皿になっていることは間違いないだろう。

「機械を操縦する資格やスキルをもっている人はいいですが、中には私のようになにもない人だっています。とはいえ、仕事がないかといえば、そうでもない。“だれでもできる仕事”だってあります。ショベルカーでやれば5分で終わる作業を、わざわざ1日かけて手作業でやります。たとえば、私はゴミを土のうに詰めるだけの仕事を腰の曲がった老人といっしょにひたすらやっていました。作業中に老人が転倒してしまいツラそうだったので、思わず休ませてあげようとしたのですが、逆に『余計なことはするな』と怒られてしまいました。ここで私が代わりにやってしまうと、彼の仕事を奪うことにもなってしまう……」

 國友氏は、複雑な気持ちだったというが、そこで「居場所があることの大切さ」を学んだという。裏を返せば、居場所を作ることでお金が稼げるとも言えるのだ。

「だから、非効率も悪くないというか……。私自身いまは若くて健康ですが、将来は年を取って老人になりますし、病気や怪我などなにがあるかわからない。世の中には、さまざまな問題を抱えて“だれでもできる仕事”しかできない人だっていることに気づいたんです。西成にはそういった“ワケあり”の人たちがたくさんいました」

 当初は「自分でも“西成の人たちとは違う”というプライドがあった」という。しかしながら、自分も同じように“ワケあり”だと気づいたそうだ。

「冷静に考えると、就職に失敗して、本が書けるのかもわからない状態。実際に働きながら住んでいるうちに、“自分がたいした人間じゃない”ということを素直に受け入れるようになりました。すると、少しずつ本当のことを話してもらえるようになって。もしも私が見栄を張ったままだったら、だれも仲良くしてくれなかったと思います」

 こうして國友氏は、西成での体験を『ルポ西成 七十八日間ドヤ街生活』(彩図社)に綴っている。とはいえ、現地で知り合った人からは『西成のことなんてさっさと忘れて先に進め』と言われたそうだ。

「西成には、私が小学生だった頃から、ずっと土のうを引きずり続けてきた人だっていました。そう考えると、すごいなって。見下すわけではありませんが、私なら無理だなって。逆に、私のような平凡な人間がいてはならない、むしろ選ばれた人しかいてはならない場所だって思いましたね」<取材・文・撮影/藤井敦年>

日刊SPA!

最終更新:10/11(木) 16:00
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