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大阪球場の大乱闘/週べ1964年6月22日号

10/12(金) 10:14配信

週刊ベースボールONLINE

 今年、創刊60周年を迎えた『週刊ベースボール』。現在1日に1冊ずつバックナンバーを紹介する連載を進行中。いつまで続くかは担当者の健康と気力、さらには読者の皆さんの反応次第。できれば末永くお付き合いいただきたい。

別当薫監督の怒り

 今回は『1964年6月22日号』。定価は50円だ。
 
 1964年6月7日夜、大阪球場が事件の舞台になる。
 9回表、2対1とリードした場面で、南海・スタンカは近鉄のブルームに二塁打を浴びた後、土井正博にも四球で一、二塁のピンチを招く。
 さらに、この後、バントの構えをした島田光二の胸元にスタンカの球が食い込むと、大きな音がし、バックネット方向に転がった。

 すぐさま一塁に向かった島田。その後、少し間を置いての浜口球審のデッドボールの宣告に「当たってないやろ。ファウルやないか」と怒ったのが、野村克也捕手だった。森下整鎮は「あれはワシらもようするヤツや。当たったふりをしとるだけじゃ」と自爆気味(?)に怒鳴る。
 南海・鶴岡一人監督もベンチから出て強く抗議したが、すぐ引き下がった。

 コワモテの鶴岡監督だが、1950年に判定に抗議し、試合放棄となったことがあった。その際、周囲に大きな迷惑をかけたことを反省し、以後、抗議はあまり長くならないようにしていたという。

 話は終わらない。

 二死満塁となった後、スタンカは児玉弘義にまたも胸元への厳しい球。児玉は自ら「デッドボール!」と叫んだが、今度は浜口球審が「ファウルボール」。
 怒ったのが、近鉄・別当薫監督だ。「ここを見ろ」と赤くなった児玉の左手小指を審判に突き出し、判定が覆らぬと、数分後には満塁の走者をすべて引き揚げさせた。

 放棄試合寸前、近鉄の選手が塁に戻り、何とか試合再開となったかに思えた。
 しかし、再び審判を指さし、何か抗議していた別当監督に向かい、マウンドから2メートルの巨人・スタンカが突進し、つかみかかり、振り回す。
 すぐさま両軍入り乱れの大乱闘。近鉄の山本八郎がバットを振り上げ、味方に後ろから抑えられている写真もあった。
 さすがケンカ八だ。
 スタンカは退場。制裁金5万円となったが、ほかはすべて注意のみで終わっている。これも時代だろう。

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