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ダレル・メイ “裏切り者”“問題児”と言われ逆風の中でプレーし続けた左腕/平成助っ人賛歌【プロ野球死亡遊戯】

10/12(金) 10:59配信

週刊ベースボールONLINE

来日時から問題児としてメディアに登場

 18年前、カンプ・ノウのピッチには焼けた豚のアタマが投げ込まれた。

 2000年夏、スペインサッカー界の名門FCバルセロナから、宿敵レアル・マドリードへ“禁断の移籍”を決断したルイス・フィーゴに対して、ホームのバルセロニスタたちは怒り狂っていたのだ。10月のラ・リーガ直接対決で、当時の史上最高額となる移籍金(6000万ユーロ)で動いた“裏切り者”フィーゴがコーナーキックを蹴る際には怒号やモノが飛び交い、焼かれた豚の頭も宙を舞った。

 理屈じゃなく、感情の部分がどうしても割り切れない。向こうに行ったら幸せになれないぞ……的なファン心理は、どこか恋愛感情に近い。いつの時代もプロスポーツにおけるライバルチームへの移籍はファンの神経を逆撫でする。日本のプロ野球でも阪神タイガースから読売ジャイアンツへ移籍した、ひとりのお騒がせ外国人投手がいた。ダレル・メイである。

 1998年(平成10年)4月15日の来日時から、メイは問題児としてメディアに登場。松井秀喜が表紙の週刊ベースボール98年5月4日号『球界ずうむ・あっぷ』では、“バテバテ新助っ人”の見出しに、虚ろな目で吐き気を訴えるメイの顔写真が掲載されている。「こんなんで大丈夫か!? 阪神の第7の外国人メイが来日も、時差ボケでいきなりダウン」と厳しい言葉が並ぶが、前評判は高く、まだ25歳の若さで、エンゼルス3Aではノーヒットノーランを達成し、前年からメジャー昇格すると29試合に登板、145キロの速球でコーナーを丁寧に突く188センチの長身左腕と大きな期待が寄せられていた。

 しかし、お約束の時差ボケで16日の来日初練習はパス。翌17日には鳴尾浜で休み休み軽く体を動かしたものの、たったの35分で吐き気を訴え悲しみのギブアップ。ただの運動不足のおっさんやないか……なんて絶望する関西マスコミ陣を横目に、メイはウエスタンで計5試合に登板すると、17イニングで19安打11失点と低空飛行。「一軍では使い物にならない無気力助っ人」と酷評されてしまう。

 だが湯舟敏郎や弓長起浩といった主力サウスポーが故障離脱すると、5月24日に昇格即初先発。このシーズン38年ぶりの優勝を飾ったマシンガン打線を擁する横浜相手に、5回3安打3失点とまずまずのスタートを切る。その後、三度目の先発マウンドとなった6月6日の横浜戦では4安打10奪三振の快投で来日初完封勝利。週刊ベースボール名物コーナー『熱闘EXPRESS’98』では「メジャーで勝ったときはホッとした感じだが、今日は本当にうれしい」という本人コメントと、“負傷離脱したエース藪恵壹の代役を期待”の一文が確認できる。

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