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元ホームレスの夢「この生活を脱して、家族と一緒に会場で五輪を観戦したい」は叶うか

2018/10/16(火) 8:00配信

週刊女性PRIME

2度目のどん底でホームレスに

 約2年半前から山谷で生活保護を受けている齋藤孝志さん(57)は元ホームレス。同商店街の路上で酒盛りをやっていたグループのリーダー的存在で、“キリンさん”の愛称で呼ばれるように185センチの長身で細い体形だ。

「その前の2年半は、足立区の舎人公園にいました。テントは張らず、園内の東屋みたいなところで雨露をしのいで。仕事はせずに毎日、スーパーで万引きしていて3回、捕まった(笑)。このままではいけないと、知人づてで山谷に来て生活保護を受けるようになったのです」

 と事情を説明する。

 齋藤さんは変わった経歴の持ち主。祖父がハワイで観光会社を経営していたことからハワイで生まれ、4歳まで現地で育った。その後、東京へ移り住み、幼少期からボクシングを始めた。高校の国体ではフェザー級で優勝。進学した法政大学でも活躍した。

 名門・三迫ジムの会長からスカウトされて、大学卒業後は同ジムへ。ほどなく日本チャンピオンになって8回防衛し、さらに東洋太平洋のタイトルを3回防衛。次は世界タイトル挑戦、となったときに最初のどん底を味わった。

「検査したら右目が網膜剥離になっていて、医者から“このままだと失明する”と告げられ、ボクシング協会も試合を認めなかった。それで絶望的になって引退しました」

 大学生のときにデキ婚で学生結婚していたため、妻と娘1人がいたが、あえなく離婚。28歳のときだった。

 ボクシングと並行してやっていた内装業を続け、やがて独立。社員3人を雇うまでになった。47歳のとき、2度目のデキ婚。2男をもうけ、一戸建てのマイホームをキャッシュで買い、BMW、ベンツなど外車を乗り回した。

 しかし、5年後、再び離婚。家族と自宅を失う羽目に。

「原因はボクの浮気(笑)。最初の離婚のときもそうでしたが、幼い子どもたちを守ってやれなかったことが、いちばんの心残りでしたね」

 と自分のふがいなさを口にした。ほぼ同時期に仕事もうまくいかなくなって廃業。2度目のどん底でホームレスになった。現在は生活保護を受けながら自立を目指す。

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最終更新:2018/10/16(火) 8:00
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