ここから本文です

二輪市販車初のDOHCエンジンを採用したCB450が走行

10/19(金) 17:01配信

WEBヤングマシン

初の大排気量開発プロジェクトは“コンドル作戦“と呼ばれた

当初、CB77(アメリカではスーパーホーク)の性能を大幅にアッップしてアメリカに投入する計画もあったが、最終的には排気量を拡大したニューモデルを開発することになった。この計画は、製品戦略として急を要しており、また大排気量車(125~250ccが主流だった当時は350~450ccクラス以上をそう呼んだ)にチャレンジする意味もあって、“コンドル作戦“と名づけられ、1963年に開発がスタートした。

開発目標は、
・500~650ccの英国車を上回る性能を持つこと
・高出力とハイメカニズムをセールスポイントにするため、エンジンはRCレーサーなどの最新技術を適用すること
・装備を充実すること

などであった。
最初に開発した349ccの試作車によるアメリカでのテストは、まだ英国車に対して性能が不十分という結果であった。翌年11月には全面的に企画変更を行い、349ccの第1コンドル(国内向け)と、ボアアップして444.9ccとなる第2コンドルを並行して開発するこにとなった。結果的には、第2コンドルがCB450として量産されることになった。

〈トーションバーバルブスプリングを装備したDOHCバーチカルツインエンジンは、CB77(305cc、ボア60mm)の9000rpmに迫る、8500rpmという高回転をボア70mmで可能とし、リッターあたり96.7psを発生させる(1968年発売のCB450ではさらに、リッターあたり101.2psとなる)〉

高性能であるが故に英国での市販車レースに参戦できず

黒の主体色とクロームメッキ、そしてシルバー塗装が施されたデザインと強力な発進加速力から、海外では「BigBlack Bomber(黒い爆撃機)」のニックネームが付けられたCB450は、ホンダの大排気量モデルの歴史の始まりでもあった。しかし、DOHCエンジンであるがゆえに、英国のプロダクションレースでは出走を禁じられた。ロードレーサーのような複雑なメカニズムをもち、簡単に100mph(160km/h)を超え、かつ1/4マイル(約400m)を14秒以内で走る車は除外すべき、との意見が存在したからである。一方国内では、市販レーサーの時代に入っていたことで、スプリントレースでの成果はほとんどないが、1968年の鈴鹿10時間耐久レースでは、隅谷/菱木組が優勝を果たしている。

〈当時のアメリカ向けのカタログより。「King of the Highway」や「World Beater Performance」というキャッチフレーズにホンダの自信が表れている。解説では「世界一のバイクメーカーが世界一のパフォーマンスのモデルを提供する」と書かれており、英国車を露骨に挑発しているが、セールス面でもそれを打ち破るのはCB750フォアまで待たねばならかったと伝えられる〉

取材協力:本田技研工業/ホンダモーターサイクルジャパン

WEBヤングマシン編集部:いち

2/2ページ

最終更新:10/19(金) 17:01
WEBヤングマシン

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ヤングマシン

内外出版社

2019年01月号
11月24日発売

定価880円(税込)

EICMAミラノショー総力特集
スーパースポーツ&ブラックカタナ
神名車カワサキZ650
特別付録2019新車図鑑

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ