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それでもトルコが巨大ダムを建設する理由

11/1(木) 11:12配信

ナショナル ジオグラフィック日本版

「イラクとシリアに対し、水は武器となるのです」

 トルコ南東部を流れるチグリス川のほとりにハサンケイフという町がある。1万2000年前に開かれ、高台には新石器時代の人々が掘った洞穴と、ビザンチン帝国時代の要塞の遺構が見られる。古代ローマ時代の痕跡がある集落には、シルクロードに沿って架けられた橋など、中世のイスラム建築も残されている。
 
 ところが2006年、トルコ政府はチグリス川をせき止める巨大ダムの建設に着工した。ハサンケイフの町の8割を水没させ、3000人の住民が立ち退きを余儀なくされるとみられる。その「ウルス・ダム」は現在、ほぼ完成しており、2019年には町の水没が始まるかもしれない。

 しかしなぜ、神話に出てきそうな、国内でも有数の歴史ある土地を破壊しようとするのだろう。人々の生活を改善するためだと政府は言う。だがこの巨大プロジェクトは国益をもたらす。トルコには原油や天然ガスのような資源はない。あるのは、水だ。

多くの犠牲を強いる計画

 20世紀前半、トルコは経済の発展を促すため、国家主導で一連の近代化プロジェクトを推進した。だが、比較的貧しく、教育水準の低い少数民族が暮らす南東部は、大部分が置き去りにされてしまった。1970年代に入ると政府はこの地域に対する救済策として、チグリス=ユーフラテス川流域に22カ所のダムと19カ所の水力発電所、そして道路や橋などのインフラを建設することに決め、計画は「南東アナトリア開発計画」(トルコ語の略称でGAP)と名づけられた。

 しかし、トルコより川の下流に位置するシリアとイラクは、生きるために不可欠な水を奪われると抗議の声を上げた。1984年には、トルコからの独立を求めるクルド人の武装組織「クルド労働者党」(PKK)が、国家の不公正を訴えて反乱を起こし、南東部は戦場と化した。先行きを案じたヨーロッパの銀行が資金を引き揚げ、世界銀行も融資を拒否する事態となった。トルコ政府の内部でさえ、GAPを国の威信を懸けたプロジェクトにしようという熱気は薄れ始めたと、1990年代に環境省の顧問を務めたヒラル・エルベルは言う。

 2000年代にはすでに、暮らしを改善するという表向きの目的に関して、このプロジェクトが失敗であることは明白になっていた。エルベルは、「政府が水の管理を誤り、土地開発どころか政情不安まで引き起こしたのです」と話す。すでに完成した19カ所のダムのうち、主にこの地域に電力を供給しているのは6カ所にすぎない。また、水はけの悪い農地を灌漑したことで土壌中の塩分が地表に集積し、作物が育てられなくなった。ダムがもたらす利益は地元の自治体や住民には還元されず、住まいを追われた人々も数千人にのぼる。その多くは金銭的な補償と住居を与えられたが、昔からの生活のすべを奪われた代償としては不十分な額だった。

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